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「あぁー楽しかった!!」 庭に座って、弟がほぉっと空を見上げます。 ダンスなんて踊ったことないのに完璧に踊れて、それを悔しがる王子様が可笑しくて、互いに文句を言いながら知らず知らずのうちに笑っていて。 何曲踊ったかわからないくらい、夢中になっていました。 そのまま「いい加減休憩しようぜ」とまた腕を取られ、城の外へ出てきたのです。 夜風が気持ちよくて、汗が引いてくのが分かります。 「こんなに踊ったのはレッスン以来だ…疲れた……」 「王子様も万能じゃないんだな」 「うるせぇ、俺をなんだと思ってる。お前と同じ人間だぞ」 「へぇー同じ人って自覚あるんだ。 なら初めに俺とぶつかったのも『そっちが避けるのが当たり前』なんてこと、言えないよなぁ」 「っ、それが当たり前の世界で育ってきてんだよこっちは」 王子様と弟の〝当たり前〟は、当然ながら大きく違っていました。 彼にとっての当たり前は自分にとって珍しく、また自分にとっての当たり前は彼にとって馴染みのないもので。 その価値観のズレを踊りながら言い合っていたら、なんだかどうでもよくなってしまって自然と笑みが溢れたのです。 因みに自分の探し人が兄であることを告げると、『なんだ恋人とかじゃねぇのかよ』と呆れられてしまいました。 兄を見つけることは、結局叶いませんでした。 でも「人が倒れた」という声や何かしらのトラブル音は踊っている最中どこからも聞こえなかったので、きっと部屋の一角で話をしてるんだと思います。 ここでもう少し休憩して、また探すかーー 「というか、いい加減もう教えてくれてもいいだろ。 お前の名前」 隣に座った王子様が、弟を覗き込みました。 さっき踊ってた時もしきりに聞かれたのですが、散々はぐらかして答えなかったのです。 (だって、なに言えばいいかわかんないんだよ…) 自分は本来、ここに来てはいけない者。 そして、自分だとわかられないよう魔法をかけてもらっている。 だから、今の自分はアキではない。 「……なんで、そんなに俺の名が聞きたいんだ」 「あぁ? 気になるからに決まってんだろ」 この感覚は、王子様にとっても初めてのことでした。 意味のわからない奴に敬語無しで喋ってもいいと許可を与え、疲れるまでダンスを踊り、話をする。 こんな経験、今まで一度も無かったことです。 自分は一体どうしたのか。こいつはなんなのか。 体の中でいくつもの感情がうごめくなか、何故か弟の名を知りたいと強く思っています。 「お前は俺の名を知ってるくせに俺はお前の名を知らねぇなんて、不公平だろうが」 「それは…そう、だけど……」 「俺たちは同じ人なんだろう? なら、平等であるべきだよなぁ」 「っ、この……!」 ギリっと睨みましたが、軽くあしらわれるのみ。 自分がさっき言ったことをそのまま使われ、弟はいよいよ逃げ場を失っていきます。 (どうしよう、このまま告げるべきか?) でも、それで追い出されたら本来の目的が達成できない。 けど確かに自分は不正のようなことをして参加してるも同然だし、それなら正されるべきだ。 けど…… 「…………っ、」 なんでこんなに自分が押し黙ってるのか、弟自身も戸惑っていました。 一体なんで? たったひとこと名を言えば終わるのに、何故か口が開かない。 ーーまさか自分は、王子様とのこの時間を もっと長く過ごしたいと思ってるのか……? その回答は、心の疑問に驚く程よく当てはまりました。 「……おい、おい大丈夫か?」 「っ、ぁ」 「どうした、いきなり黙んなよ。 そんなに名を教えるのが嫌か」 「ゃ、そんなんじゃ…」 「ならなんだ」 真剣な眼差し。 夜闇のなか月の光に照らされ、漆黒の存在感がより際立っています。 (あぁ、俺は) 自分は今、こんなに高貴な人の隣にいるんだ。 こんなに近くで話をして、ダンスも踊って。 まるで 夢の中にいるよう。 いや、これは夢なのか……? 元はと言えば、佐古という魔法使いが現れたのが始まりでした。 庭のカボチャが馬車になって、ネズミ取りのネズミが白馬になって。トカゲは、仲睦まじい2人の男の子へと変化して。 こんなこと、普通ありえません。 (そうだ、きっとこれは夢なんだ) 本当は俺も舞踏会へ行ってみたいという思いの、あらわれ。 現実の俺は、家の窓辺で外を見たまま寝てしまってるんだろう。 なんだそっか、夢だったんだ。 そりゃそうだよ、だってこんな都合のいいこと 夢の中でしか起こるはずないじゃないか。 ーーそれなら、別に名を告げてもいいんじゃないか? 「おい…お前……?」 こちらを見上げたまま静止してしまった姿に、流石の王子様も肩を揺らします。 ゆっくりと焦点が戻っていく、瞳。 吸い込まれそうなほど透き通った色は、思わず見惚れてしまうほどで。 「ぁ、の」 緊張しているような、上擦った声が聞こえました。 一度ギュッと目を閉じて、また開け、気合を入れるよう大きく唾を飲み込む弟。 ついこっちまで緊張してしまうようなそれに、思わず王子様も背筋が伸びます。 そして、弟のその薄い唇が ゆっくり開いて 「あの……俺の、名前はーー」 リーン ゴーン…… 「っ、」 突如 鳴り響いた音は、鐘の音。 ハッと城の時計を見上げると、11時の30分を指していました。 (しまった……!) 「っ、は? え、おい!」 勢いよく立ち上がって、一目散に門へ駆けていきます。 まずい、魔法使いが言ってた0時まで あと30分を切ってる。 イロハとカズマが待っているはずだ。 早く、馬車へ乗らないと……! 「待てよ! 止まれ!!」 大きな声にビクリと後ろを見ると、王子様が懸命に後を追ってきていました。 なんで追ってくるんだ、意味がわからない。 結局名を名乗らなかったから? 失礼極まりないから? どれも全部に当てはまってしまう。けれど…… 「ーーっ!」 お願いだから、追ってこないで。 何故かチクリと痛む胸を押さえながら、もっとスピードをあげる走る弟。 ーーと、 「わ、っ」 長い階段の途中 つい躓いてしまい、靴が片方脱げてしまいました。 慌てて拾おうとしますが、王子様に追いつかれてしまうため そのままにして走り去ります。 そうして、なんとか振り切った弟は「こっちだよ!」と呼んでいる馬車へ飛び乗り、ギリギリで城を離れることができました。 「……くそ…っ」 靴を片方、王子様の手の中に忘れた まま。

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