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「ぁ…ぁぁ、ぁ……」 扉の隙間から見えた光景に、弟の体がゆっくり後ろへ下がりました。 履けた。 当たり前だ、だって俺たちは双子。 同じ靴を履けるなんて…そんなの…… 「〜〜〜〜っ、」 ぶわりと涙が落ちてきて、向こう側にバレないよう嗚咽の出る口を塞ぎます。 ハルが、王子様の婚約者だ。 あの人の隣は、ハルのもの。 良かったじゃん。 元々ハルの将来のため招待状を譲ったんだし、あわよくば王子様の婚約者なんてなーって話してた。 それが叶った。奇跡だ。 母さんたちも喜んでるし、城の人たちも嬉しそうにしてる。 ハルももう安泰だ。森の中よりもずっといい環境で、自分の体と向き合える。 すごいよ、万々歳。 ハッピーエンドにもほどがある。 なのにーー 「ぅ……っ、ぇ」 どうしてこんなに、涙が出るんだろう。 なんで? なんで悲しいの? なんで (俺が、あの靴を 履きたかった……っ) あれ? おかしいな。 弟は、これまで兄のため色々なことを譲ってきました。 住む場所・掃除や買い物などの家事・両親の愛…… その中で、一度もこんな思いになることはありませんでした。 それなのに今、どうしようもない感情が渦巻いて 体の中から飛び出てしまいそうです。 これは なんだろう。 どうしてこんな気持ちになるんだ? なんで 俺は…履きたかった……? 「ーーっ、あぁ……っ」 それは、多分 そういうこと。 恋とか愛とか、そういう類いの。 最初は意味のわからない奴だった。 『普通俺のこと避けるだろ、わざとか?』と聞かれて、本気で理解できなくて。 こいつがこの国の王子様だと知って、もっと頭が痛くなった。 でも、踊りながら話してると段々『もう少し知りたい、もう少し』と思うようになっていて。 踊るのが楽しくて、話すのが楽しくて、自然と笑みが出てきて、一緒に笑って。 舞踏会を抜け出して、綺麗な月が登る空の下 また少し会話して。 そんな、0時までのほんの僅かな時間を共に過ごしただけの あなたを 俺は多分、好きだった。 「〜〜っ、ふ」 これだけは、ハルに譲りたくなかったんだ。 ハルも大好きで大切だけど、あれは俺が見つけた人。 僅かな時間だったけど、そんなの関係ないくらい純粋に惹かれてしまった人。 あの人が覚えている俺を、ハルにしてほしくなかった。 俺と過ごしたあの時間を、ハルと過ごしたことにしてほしくなかった。 あなたの思い出の中にいるのは俺で あの日あなたと会ったのは、紛れもなく俺でーー (…なぁんて、もう 遅いか) ガラスの靴は、兄の足に完全にはまりました。 もう……終わりです。 ハッピーエンドをつくるため、弟がそっと動き出します。 まずは部屋へ戻って、ベッド下の箱から靴を取って それを兄の部屋に置きます。 そして、何食わぬ顔で言うのです。 〝あれ? ハル、それもう片方持ってるじゃん。 俺 部屋で見たよ〟 「〜〜〜〜っ、」 2匹のトカゲが肩でバタバタ動き回るのをなんとか制しながら、階段を上がろうと一歩踏み出します。 ……と、 「アキ!!」 (なんだ、これは) 目の前で起こった光景に、王子様は何故か疑問を感じています。 あの日靴を落とした人物はどんな顔だったのかを、一切思い出せませんでした。 魔法がかかっているのか、それとも単に自分が疲れていただけなのか…… (いや、絶対前者だ) 身分が違うにもかかわらず真っ向からぶつかってきたあの子を、王子様は忘れることができませんでした。 自分よりもずっと小さい体で、平気で話してきた奴。 今まであんな奴いなかったし、自分がどんなに天狗になってたのかも知れた。 もっと話をしてみたい。いろいろ話して、まだ知らない顔を、表情を見てみたい。 ーーあいつを、隣に並べたい。 改めて名を聞けなかったことに後悔しながら、大臣たちとともに片っ端から舞踏会へ参加した者たちの家を訪ねました。 そして、ようやくたどり着いたここ。 今、正に待ち望んでいたことが目の前で起こっています。 そして、それと共にあの日の時間が鮮明に思い出されてきました。 そうだ、あいつはこんな顔をしていた。 こんな体格で、声もこのトーンだった。 ーーなのに、 ポツリ 「ちが、う」 「ぇ?」 違う。 多分、これは ーー違う。 「おい。この家に、ほかに子どもはいないか」 この直感は、正しい。 目の前の光景に喜ぶのではなく、どす黒い何かを感じている自分は 正しい。 俺は、俺は絶対に (あいつを、見つけたい……!) 王子様のその声に、兄はバッ!と勢いよく顔を上げます。 その目には、大粒の涙が浮かんでいて そして、お腹にいっぱい 息を吸い込みーー 「アキ!!」

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