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「………ぇ」
弟の足が、止まります。
今、名前を呼ばれた?
なんで。
俺は、もうこの話には 必要ないはずーー
「アキ!そこにいるんでしょう!?
出てきて!!」
「っ、」
こんな大きな兄の声、弟はこれまで聞いたことがありません。
出ていっても、いいのだろうか。
でも、今行ったら確実に幸せを壊す。
俺…おれ、は……
「ぁ、ちょっ!」
突然、肩に乗っていたトカゲたちが勢いよく飛び跳ねました。
それが体ごと扉にぶつかって、反動で僅かだった隙間が 開いて。
「ぁ………」
リビングには、たくさんの人。
驚いた表情の両親と城の兵士たち。
再び目を見張ってこちらを見る大臣。
泣き腫らした表情のハル。
そしてーー
「ぅ、えぇ、っ」
「ったく、上手く隠れてやがったな おい」
安心したような、王子様の顔。
感覚のない足で一歩進むと、すぐに漆黒の体が包み込んでくれました。
「探したんだぞ、お前を。ずっと」
「っ、う、ん」
「もう離さねぇから、覚悟しとけよ」
「〜〜っ、はい……っ」
服を掴むと、もっと強く抱きしめてくれる腕。
これは夢なんかじゃない…現実だ。
魔法でもなんでもない、現実。
「あの、一体どうなっているのでしょう」
大臣が、冷静に聞いてきます。
「僕が答えます。
あの日、舞踏会で王子様と踊っていたのは僕の弟でした」
「ハ、ル…?
でも、うちには招待状が1枚しか……」
「魔法使いか何かが、助けてくれたんだよね?」
ハッと息を呑む弟に、兄はニコリと笑います。
兄が話しやすい環境を作ってくれた。
みんなが、自分に視線をくれている。
王子様から離れ、スゥ…っと深呼吸して目をつぶり
そして覚悟を決め、弟はゆっくり 話しはじめましたーー
「はぁ………」
日が暮れる空を見ながら、弟が息を吐きます。
起こってることが信じれなくて、まだ頭が追いつきません。
肩に乗ってるトカゲたちも、もう暴れたりはせずゆっくり寛いでいます。
あの摩訶不思議な話を、みんなは信じてくれました。
ベッド下の箱から靴を出すと、両親はとてもびっくりしていて。
それを履くと、また城の者たちの喜びの声が響き渡りました。
王子様は弟を婚約者にすると宣言し、今 大臣とともに両親と話をしている状況。
なんとなく気恥ずかしくて、兄と家の外へ出てきてしまいました。
「ハル、なんで魔法だって気づいたの?」
「僕以外アキのことに気付かないんだもん。僕らのこと知らない人ばかりだったけど、それでも双子は珍しいわけだし。
でも何も言われなかった。しかもアキ凄くダンス上手かった。
あれが魔法以外のなんになるわけ?」
「たし、かに……
けど、どうしてハルは俺のこと分かったんだ?」
「双子だからだよ、きっと」
「っ、そっか」
〝双子だから〟
その言葉が嬉しくて、弟はついつい頬が緩みます。
「アキが会った魔法使いね、
もしかしたら僕が呼んだのかもなぁって思ってるんだ」
「え?」
突然の言葉に隣を見ると、兄が笑いながら上を向いていました。
「『誰か…誰でもいいから、ここからアキを連れ出してください』って。
そしたら本当に魔法使いが現れて、アキは舞踏会で王子様と出会い、惹かれあって結ばれた。
僕、『誰でもいいから』って言ったくせに最悪な奴が来たらぶん殴ろうと思ってたんだよね。
でも、そんなんじゃなかった。
ーー最高の人が来てくれた。これこそ、本当のハッピーエンドだよ」
「っ、ハ、ル」
「あぁーもう泣かないで。ほら上向く」
兄は、どんなに両親に大切にされていても いつも弟を気にかけていました。
体が辛いときも、部屋にひとりでいるときも、ずっと。
「アキ」
ゆっくりと、兄が弟を抱きしめます。
「これからは、自分の幸せだけを考えるんだよ。
ちゃんと笑って、ちゃんと泣いて、我慢せずにやりたいこといっぱいやって。
それで、時々はここに帰ってきて話 聞かせてよ。
僕は、それが1番幸せだから」
「〜〜っ、そ、な」
「あ、王子様の愚痴でもいいよ?
こんな森の中だし絶対外には漏れないって。
なんかあったらガツンと僕が言ってやるからね!
だからさ、ほら。約束」
体を離し、小指を出す兄。
その様子を、弟は何故かぼうっと見つめます。
「アキ……?」
「……ね、ハル」
「ん?」
「俺さ、多分
ハルに負けないくらいハルの幸せを願ってたんだ。ずっと」
「ぇ、」
「俺たち双子だろ?
だから、多分願いの力?も一緒くらいだと思うんだよね」
俺たちは双子。
世界でたったひとつの、片割れ同士。
ならばーー
「もしかしたら、あの魔法使い呼んだの 俺かもしれないよ?」
「ーーーーぇ、」
ニヤリと笑う弟に、驚いた表情の兄。
「多分さ、俺が止めに入ったんだよ。『ハルの運命の奴はこいつじゃない!』って。
まぁ、それがいい方向に転がって俺は王子様と結ばれたんだけど。
ハルも、そのうちあっと驚く出会いがあったりして」
「そんなっ、それはないよ。
僕は今のままでも十分幸せで」
「だーめーでーすー。
ハルにはちゃんと幸せになってもらわないと、俺が許しません」
「えぇ…そんな、許すってなに。
大体 僕はーー」
「おーい、アキ!」
振り返ると、王子様から手を振りながらこちらに歩いてきています。
「話終わった。
とりあえず今日のところは帰るが、また近いうちに迎えにくるから。わかったか?」
「は、ぃ」
「っ、はは、お前なんで敬語なんだよ。今更緊張か?」
「だって……!」
「あーはいはい可愛いことで。
ってか、いい加減ちゃんと俺の名を呼べ。
王子様なんて呼びやがったらキスするからな、これから」
「は!? なんーー」
チュッ
「反論も、口付けで塞いでやるか」
「っ!?!?」
わいわい一気に騒がしくなった弟たちに、兄がそっと微笑みます。
(本当、よかった)
これでもう 大丈夫。
弟のことを全力で愛してくれる人が、隣にいる。
ならばこの先、きっと弟は幸せだ。
胸の内にあったものが少し 軽くなったような気がして
兄はやっと、体の深い部分から呼吸ができたような感覚に なりましtーー
「わぁ、レイヤようやく見つけたんだ!
長かったねーおめでとう!!」
「………ぇ」
振り返ると、いつの間にいたのか ひとりの男。
「やっと旅を終えて城に帰るって知らせがきたから、逆に迎えに来ちゃった。
どんな子が射止めたのかなーと思ったけど……
へぇー、かわいいねぇ!」
「な、てめっ、触んなよ」
(な、んで)
この男は、あの日兄がバルコニーで話した人物です。
あの場限りと思い会話に付き合いましたが、まさかまた会うとは思いもよりませんでした。
しかも、王子様の…知り合い……?
「ってことはーー」
前みたいに甘く微笑んでいた顔が、一気に兄のほうへ向きます。
「ハルちゃんは、僕がもらっていいってことだね」
「「「………はぁ!?」」」
あらあら 大変。
シンデレラの物語はこれでおしまいなのに、まだ話が続きそうです。
「おいてめ、どういうことだよ」
「ハルこの人誰!? どこで知り合ったの!?」
「うーん、知り合ったとかそういうのはいいから。
過去よりも未来でしょ? これから過ごす時間のほうが遥かに長いんだしさ。ね、ハルちゃん」
「いや、僕あなたと過ごすつもりないですけど。
あとその呼び方やめてください」
「えぇーつれない。僕たちの仲じゃん」
「仲以前に知り合いでもないですが。
さっさとどこか行ってくれませんかね」
……なにやら、もう一悶着ありそうな予感。
それでも、ハッピーエンドのその先へ向かって
ひとまず、この物語は幕を下すことにしましょう。
双子に、溢れんばかりの幸せが舞い散ることを
願ってーー
fin.
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