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「ーーーーっ、」 間隔は、拳ひとつ分。 顔を上に向けると、すぐそこで笑う先生。 「僕、龍ヶ崎の中でも異端なんだ」 「ぃ、たん…」 「そう。マサトさんやレイヤを見てたらわかるでしょ?」 マサトさんやレイヤ…… 2人を見て思うのは、ただただ愛する人に一途だということ。 初めは全然だけど、あることをきっかけに1人へのめり込むようにハマっていく。 そして何をしてでも確実に手に入れる。そんな感じの人。 「僕はね、それが桁違いだったんだ。一途すぎちゃって。 一途すぎるのは、裏を返せば狂気なんだよ」 ひとりの人を、愛しすぎる。 それこそ、つま先から頭のてっぺんまで全て。 髪の毛一本、切った爪ひとかけら、その人が浸かったお風呂の水でさえも、全部…… 「飲み干してしまいたいと思うくらいに、愛してる」 「っ、」 食べれるのなら食べてしまいたい。 そう思うほどに、その人への愛が止まらない。 「人間が1番超えられない壁はなんだと思う? ーーそれは、死だ」 なんでも超えられる人でさえぶつかってしまう壁。 死からは逃れられないし、超えることもできない。 「死は、生きる上でとても重要だ。 だって死んだらもう二度と会えないから。どんなに金を注ぎ込んでも何をしても、もう会うことはできない。 そんな死を、1番左右できるのは何だと思う? ーー医者さ」 殺人鬼? 軍人? 兵士? 違う。 医者が最も死と近い距離にいて、その消えそうな命の灯火を操ることができる。 「どんなに愛した人だって、いずれは死に連れていかれる。 それなら、それさえ僕の手で操ってしまえばいいと思ったんだ。 だから僕は、龍ヶ崎の会社に入らず医者の道を選んだ」 会社とかいう触ることのできない物体・自分の代わりがいるような集団に日常を捧げるより、仕事で得た知識・経験が直接愛する人の命に繋がるような場所。 「僕の愛はすごく重いから慎重にならないとと思って、ずっと待ってた。愛してもいい人を」 働いて、経験して、知識を得て、名医という肩書きをもらって。 そして回ってきた、小鳥遊ハルの件。 元々担当していた医者たちの話、彼の生い立ち、性格、現在の状況…… 全てを調べあげ、初めて会った 瞬間ーー 「あぁ、僕は君を愛していいんだなぁと 思ったよ」 なんにも持ってない、空っぽの瞳。 諦めている姿。 興味のなさそうな声色。 猫かぶっていても見え隠れするそれに、全身の血が沸いた。 この子は、1人だ。しかも何ひとつ自分のものを持っていない。 最高じゃないか。僕が、この子の1番最初の所有物になれる。 この子のオンリーワン。願ってもいない奇跡。 しかも、この子は僕を頼ってる。医者がいないと生きてられない。 ーーここまで合う子が、いるなんて。 「ねぇ、ハルちゃん」 「ひっ」 暗い海にバシャリと後ずさると、すかさずその間を詰めてくる。 「僕が、なんでもしてあげる。 食事・掃除・洗濯、簡単なものから生死に関わる重いものまで。 消えたいのなら一緒に消えよう? 一緒に死に連れていかれよう? そしたら永遠にふたりだ。 けど、今みたいに『誰かがこう思うから』とかいう自分以外の考えを入れるのはダメ。ちゃんとハルちゃんだけの想いを聞かせて? 誰かを入れるなんて…許さないよ?」 「っ、」 「もちろん生きるのも大歓迎。僕がこれまで経験したことが活かされるし、もっとたくさんのことを調べてあげる。愛する人の命の1番近い場所にいるのは僕だから。 僕が、小鳥遊ハルという人間が生きる上で必要不可欠なものを 司ってる。 ほらハルちゃん、僕って最強でしょ? ーー最強の所有物だよ」 後ずさっても後ずさっても詰められる距離。 気づけば水は膝の上を通り越し、腰辺りまできていた。 (なに…これ……っ) 何かおかしい先生だと、思ってた。 時々見せる笑顔に違和感があって、気持ち悪いというか怖いというかそんな感覚。 でもまさかこんなものを隠していたとは…思ってもみなくて…… 思わず暗い海の中へ入っていってるけど、こんなのどっちも危険だ。 後ろも前も、どちらにも逃げ道はない。 「ハルちゃん、そんなに海のほう行かないで。駄目だよ」 「ぁ、っ」 ガシっと腕が掴まれた。 「ハルちゃんを殺すのは僕なんだから。海になんかに命をあげないで。 僕の手で死んでよ、お願いだから」 「ゃ、ゃだ……ひっ」 「ハルちゃん。僕はハルちゃんの所有物だよ。 だからハルちゃんだけのもの。 僕のことをもっと頼ってよ。依存して、縛りつけて、ちゃんと見て。 なんなら首輪を付けてくれてもいいよ? 女王さま、手綱を引いて?」 「ぅ……ぁ」 冷たい水に浸かりっぱなしの足が遂に感覚を失って、ガクリと体が崩れ落ちる。 でも、海へ沈む前に掬い上げられるようザパッと横抱きにされ、先生に包まれた。 「震えてるね。寒い? こんな時間にこんなに海へ入るからだよ」 「……ぅ、っ」 誰のせいでここまで入ったと思ってるんだ。 足元だけにするはずだったのに。もう上がるはずだったのに。 自分のせいなのを自覚してるくせに聞いてくるところが、本当性格悪い。 (も、さい…あく……) 寒いから震えてるのか、恐怖から震えてるのか、わからない。 でも、気持ち悪くてどんどん意識が遠のいていく。 「ね、ハルちゃん」 そんな僕の状態に気づいたのか、もっと強く抱きしめられながら海から出て歩きだす長身。 「太陽ってさ、大きくてあったかくて眩しくて、あんなに遠くにあるのに安心できるよね。 ……でも、」 ぼう…っとする頭の中、ヨウダイ先生の嫌に穏やかな声が響き渡る。 「近づきすぎると、その熱に耐えられなくなって ーー溶けて なくなっちゃうんだよ」

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