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sideハル: 昨晩の代償と、現実

びっくりするほど体が重い。 手足も全然動かなくて、息も苦しい。 「……ん、ん…っ」 重い瞼を開けると、ぼやけて見える 前と同じ天井。 熱があるんだ。 全身が熱くて、呼吸が浅い。 何かを発しようとした声も、掠れて消えていく。 あれ? なんでこうなってるんだっけ。 せっかく熱が下がって、夜は楽しかったのに。 (ーーぁ、そう、だ) 一気に思い出した、昨晩の出来事。 先生の本性、暗い海の冷たさ、全部。 夢だったらいいのに…また体調を崩しているのが何よりの証拠で、これは現実なのだと知る。 「あ、気がついた? おはようハルちゃん」 ベッド脇から、甘い声が降ってきた。 「今度は治るのに少しかかるからね。安静にしてること。 ご飯も連日食べ逃してるし、点滴打ったから。腕は動かさないように」 ふらりと視線を下げると、腕へ繋がれた細い管。 そっか…熱に体力不足に、そりゃこんなに体が重いわけだ。 「………」 「あれ、本当に静かだね。もっと何か言われるかと思ったのに」 「……ぁなたが、安静にって言ったんでしょうが…」 「あははっ、いや、そうなんだけどさ。 ーーやっぱり ハルちゃんは可愛いなぁ」 もはや隠す気のない、あの笑顔。 全身全霊で僕を捕食しようとしている、大型犬のような何か。 …あぁ、本当に。 「僕、は…先生が嫌いです」 「ふふふ知ってるよ。でも僕は大好き」 見下ろしてくる瞳を、全力で睨みつける。 嫌いだ、こんな狂ってる人。 マサトさんはなんで僕とこの人を出会わせたのか。 きっとマサトさんのことだから、こんな本性だと知ってたはずなのに…… (…所詮は、食えない狸って こと?) 腹の底が見えない。 本当、一体なに考えてるんだか…… というか、こんな人を「先生」と呼んでた自分に腹が立つ。 どこが先生だよ、ただの執着依存野郎じゃないか。 多少なりともこんなのを敬ってた自分を殴りたい。 「も…先生って、呼びたくないんですが」 「えぇ? なにそれすごく嬉しい! なんて呼んでくれるの? ヨウダイ? ヨウちゃん? 舌ったらずにヨーダイって呼ばれるのもいいかも。 僕だけの名前をつけてよハルちゃn」 「やっぱり先生でいいです」 駄目だ逆効果だった。このままにしよう。 先生ってそもそも「先に生まれた人」のこと指してるんだし。 敬わず、ただただ先に生まれただけの人と思えば 別に先生呼びでもいける。 そうだ、先に生まれただけの ただの変態。 気にすることない。 僕の言葉に、明らかに落ち込んでる姿。 心なしか垂れた耳と尻尾が見えるような気がする。 「ま、呼び方なんて何でもいいよ。ハルちゃんに呼んでもらえるなら何でも歓迎だし。 とりあえずは自分の体に集中して。これじゃ現状維持も難しいよ」 「っ、るさいな…わかってます」 はぁぁ…と溜息を吐きながら目を閉じると、さわりと髪を撫でられる感触。 「みんなにはそれとなく言ってあるから。 部屋には月森くん以外入ってこない。 僕も時々様子を見にくるけど、基本ずっとはここにいないから。 安心しておやすみ」 「……っ、」 昨日の素性から、本当は僕と片時も離れたくないと思ってるはず。 それなのに、現状維持を望む僕の想いを尊重してくれる。 (も…ほんと、なんなの……?) 意味がわからない。これまで出会った人にこんな性格の人いなかったし、理解不能。 取扱説明書が欲しい。いや、分かる前に何処かへ放り投げたい。 それでも、撫でられる手が気持ちよくて気持ちよくて 知らぬ間に また、スルリと意識をなくしたーー

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