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sideハル: 真夏の浜辺と事情聴取
真夏の輝く空。綺麗な海。
サラリとする砂の上ではしゃぐ声は、どれも夏の色をしていて
本当ーー
「夏、だなぁ」
「クスクス。そうですね」
3〜4日くらい寝込んで、やっと回復。
でもまだ無理できないから、外に出れても日陰で見学。
浜辺に敷いてもらったシートは、すごく広くてみんなで寝転がれそう。
パラソルも頑丈で、強い風が吹いても倒れないやつ。
(なんか、やっと夏休みっていうのを実感してきたかも…)
初日から体調を崩し、また体調を崩して
正直、僕の夏休みは今日から始まった感じがする。
半袖半ズボンに麦わら帽子・冷たいタオルを首に巻いて、月森先輩と話しながら前方を眺める。
海のある景色にも大分慣れてきた。
ザザン…という波の音も、もう不自然でなく自然と耳に入ってきている。
明るい日差しや眩しい砂にも、多少目が慣れてきた感じ。
「ハールちゃん、はい水分」
突然 視界を水滴の落ちるペットボトルに遮られ、素直に受け取った。
冷凍庫に入れてたのか、中が凍っていて持ってるだけで気持ちい。
「みんなの分も取ってきたから、休憩に来たらクーラーボックスから出してあげて」
「わかりました。こちらに置いておきますね」
先輩に荷物を渡した先生が、隣へ腰を下ろしてくる。
寝込んでるとき、暇で暇で「なんでこんなに長期休み取れてるんですか」って聞いてみた。
本当は聞いたら「僕に興味持ってくれてるの!? 嬉しい!」ってなりそうだから嫌だったけど、どうしても気になってしまってやむを得ず……
そしたら…まぁ案の定そういう反応されたけど、そのあとニヤリと笑ったんだ。
『ハルちゃんには当たり前かもしれないけど、今回の旅行って小鳥遊がいるんだよ。それも現社長の双子が揃って。
後は龍ヶ崎の現社長の息子、丸雛も現社長の息子だし矢野元も現当主の息子。
ただでさえ病弱と噂の小鳥遊双子がいるのに、他もこれだけ揃ってて医者がクソなのは流石に駄目でしょう』
要するに、彼は〝休暇〟ではなく僕らの旅行へ〝仕事〟として来ているということ。
僕らをダシにして来ているわけだ。
(ほんっと腹黒い)
アキをアキとして学園に通わせるため流した、「アキは海外で療養していた」という話。
そのおかげで小鳥遊はどちらも体が弱いことになっている。アキは良くなって日本へ帰ってきた設定だから、体育とかには参加できるけど。
そういう背景を全部使い且つレイヤやイロハたちまで使えば、職場は当然何も言えないだろう。
まぁ僕の主治医っていうのも決め手のひとつかもだけど、それでも休暇じゃなく仕事として付いてくるのはどうかと思う。
あとはーー
「うーん、あれはチームバランス考えたほうがいいと思うけどなぁ」
「ジャンケンで決めたんですよ。この後またチーム分けをするんでしょう」
前で繰り広げられている、ビーチバレー。
レイヤ・カズマとアキ・イロハのチームで分かれており、明らかにアキたちが負けている。
棒で書いた線のなか必死に駆け回ってるけど、ボールに手が追いついてない。
レイヤたちも容赦がない。まぁどうせすぐ解散するチームだろうけど、それにしても一方的すぎてアキたちが可哀想すぎる……
「…先生、加勢してきてよ」
「え、やだよ。
それアキくんたちが可哀想だからって理由でしょ?
僕、間に人を挟んで頼まれるの嫌だって言ったよね。
そうじゃなくてーー」
「なら僕が先生のビーチバレーしてるとこ見たいので、見せてください。
あとどうせ見るなら逆転勝ちするところがいいので、そっちのチームに入って」
「わぁ、大歓迎」
帽子のツバで隠れる僕の顔をわざわざ覗き込みながら、ニンマリ笑う先生。
そのまま立ち上がり、軽く体操してから「じゃあ見ててねハルちゃん!」と元気よくコートへ走っていった。
「………」
「上手ですね、ハル様」
「はぁぁ…やめて下さいその猛獣使いみたいな言い方」
「クスクスッ」
さっき先生のいた場所に、新しいタオルを持って先輩が座った。
少しぬるくなったものと交換され、またヒヤッとしだす感触に目を閉じる。
「……先輩」
「はい。どうしました?」
「先輩は、いいんですか?」
ピタリと、首元で作業してる先輩の手が止まった。
目を開けると、こちらを見たまま深く笑う顔。
「ーーえぇ、いいです」
あの人の本性に、先輩が気付かないわけない。
主人の命を脅かす存在を、月森が近づけるはずがない。
それなのに、先生がどれだけ僕の側にいても 何も言わない。
ずっと疑問だったんだ、本性を知ってから。
どうして先輩は動かないんだろうと。
「やはり、あの夜話をされたんですね」
「あの夜のこと知ってたんですか?」
「私はあなたの月森ですよ。1人で出歩かれるなど、後をつけて当然です。
ふふ、この話をするため先生をビーチバレーへ?」
「…あぁ言わないと、離れてくれないので」
「そうですか」
穏やかに話しながら、首へ丁寧にタオルが巻かれる。
「おっしゃる通り、私はハル様が気づく前……
龍ヶ崎先生がハル様の主治医になられた瞬間から知っていました」
「っ、そんなに早くからなら、なんで」
「話をさせていただきましたので」
話。
「内容って、聞いても…?」
「そうですね……
簡単に言えば、条件を3つ 提示しました」
「条件?」
「はい。
ひとつは、私がハル様へ近づくことを是とすること。ハル様に仕えるためにも、ある程度近い距離に私を置いてもらわないと困ります。
まぁ、向こうも月森のことを知っていたので、問題はないと言葉をもらいました」
(問題はない、ねぇ)
絶対嫌だろうな。先生。
今回は先生より先に月森先輩と関係ができてたからしょうがないけど、もしできてなかったら全力で拒否したんだろう。
先輩も同じ考えみたいで、「先に出会えて良かったです」と笑っている。
「もうひとつは、ハル様の考えを尊重すること。
これに関しても勿論だと了承していただきました」
僕の考えを尊重。
僕の嫌がることはしないし、僕の意見を聞く・想いを聞く・大切する・敬う。
「そして、最後のひとつ」
タオルを巻き終えた先輩の手が、首から離れていく。
「なにがあっても、ハル様と最後まで添い遂げることができるのかと」
「っ、ぇ」
なにがあっても、最後まで……って。
「これに関しては、彼は笑って『よろこんで』と言っていました」
「な、にそれ…最後までって、先輩だって最後まで一緒に」
「ハル様」
僕の手を、そっと先輩の両手が包んだ。
「月森が最後までいるというのと、誰かが最後までいるというのは意味が違うのです。
現に、私はまだあなたの心に住み着くものを払拭できていない」
「っ、そんなのは」
「あなたの心を救えるのは、私ではない。私以外の何かに引っ張り上げていただく他ない。私は、そんなあなたの背を全力で支えるしか ないのです。
ーー私は、あなたとアキ様の 月森だから」
「っ、」
そう、だ。
先輩も所詮は、2人の月森。
僕1人だけのものじゃ…ない。
「あなたの心が何に悩み、何に怯え、何を思っているのかを知っています。ですが、私ではそれを解決できない。
主人の心ひとつ前を向かせられない私は、本当に不甲斐ない存在です。
…ですが彼ならば、恐らくハル様の深い場所まで入っていくことができると 確信しました」
「……ふふ、先輩って案外粗治療が好きなんですね」
「大事な主人が救えるのなら、どんなことにも縋りますよ?
それ相応の者でないといけませんが」
今回あの先生は、先輩の御眼鏡に適ったということ。
龍ヶ崎の出であの腕の医者だし、そりゃ適うか。
性格も…先輩のことだから、僕とぶつけたら何か起こるんじゃないかと目論んでるんだろう。できればいい兆しのほうを。
先生が旅行についきてる訳を聞いた時、一緒にこう言われた。
『後はそろそろハルちゃんとの仲もつめたいから、この期に全力で動こうかなと思ってさ。
月森くんからの圧もすごいし、早くハルちゃん手に入れたいし、ハルちゃんのものにもなりたいし』
『月森くんからの圧もすごい』というのは、多分さっさと僕のことを何とかしろと影で言っているということ。
先輩は…というか月森は、主人のこととなると本当に怖いもの知らずだ。
(……先輩は、きっと僕が全力で拒否したら遠ざけてくれる)
僕がまだ何も言わないから、動かない。
成り行きをそっと見守っている。
僕ってそんなに危ういかな?
別に僕1人消えても、何ともないだろうけど……
(って、こんなことを思うのが多分いけないんだよね)
顔を上げると、心配そうに見てくれていた先輩。
「ふふふ、先輩。
僕、もし僕にもレイヤみたいな存在がいたら、どんな人なんだろうって考えたことがあります」
アキにとってのレイヤみたいな存在。
自分のことを1番に考えてくれ、何よりも優先してくれる人。
レイヤみたいにただ大切にしてくれるような人は嫌だ。僕はそれ相応のことをしたから、大切にされる価値はない。
なら誠心誠意怒ってくれる人は? それこそ、僕にはもったいない人だ。だって僕は病弱。ずっと一緒にいることはできないし、最後の最後でその人を傷つけてしまう。
「そんなことを考えてると、僕はずっと1人でいたほうがいいんじゃないかと思って」
僕に合う人なんて、いないんじゃないか。
だから僕はひとりなんだ。
「でも、今全力で あんな人にぶつかられている」
びっくりするほど全力で、ラグビーのタックルみたいに。
綺麗に決まってきっと会場はスタンディングオベーションだ。
正直、あの性格は考えてなかった。
あれなら完全に僕に寄り添ってくれる。生きたいと思えば生かされ死にたいと思えば殺してくれる、優しさもクソもない死神のような存在。
しかも、僕だけの所有物になることを望んでる。
「先輩の言う『最後まで』って、〝最期まで〟って意味もありますよね?」
「……えぇ、そうです」
「先輩は、強いですね」
「…主人の想いを叶えるのが、月森ですので」
先輩が許したあの人は、間違いなく僕の最期まで一緒にいる人だ。
こんな僕に見事に合う。本当、なかなかいないんだろう。
…………でも、
「月森先輩。先輩にはすごく申し訳ないんですけど、
僕、あの人と真っ向から対立しますから!」
嫌だ。何を言われようと嫌すぎる。
別に僕は1人でもやっていける。平気だ。
だからあれは邪魔。誰があんなの懐にいれてやるか。
あんなキラキラ狂犬、絶対に拒否してやる!!
「先輩は何もしなくていいですから。
これは僕の喧嘩なので、僕が戦いますから。
いいですか!?」
「……っ、ふふふふ」
「笑わないでくださいっ!」
あの夜は、ちょっとヒヨッただけだし。
今なら全然平気で、寧ろ僕だって言い返せるし。
だからどうってことない。怯えてたまるか。
驚いた先輩の顔が段々歪んできて、クスクス笑い声をあげている。
「私はいつでもハル様の味方ですので、何かあれば言ってください。
もう無理というときも言ってくだされば、いつでも遠ざけますので」
「わかりました。でも降参はしません。
僕が勝ったのに食い下がってくる時だけ、お願いします」
「クスクスッ、はい」
よし!と気合を入れる僕を、眩しそうに見つめる先輩。
もしかしたら思っていたような兆しがあったのかもしれない。
けど、悪いがそれは今から僕が消す。全力で。
「…と、そうだ先輩。もうひとつ」
「? はい」
「レイヤってなに考えてるんですか?」
ずっとおかしかった、レイヤの行動。
先輩なら多分知ってるはず。
「そうですね…あれは……
申し訳ありません。私からは言えません」
「そう、ですか。
……因みに、僕と先生をくっつけようとしてるとかは」
「ないです。ご安心を」
「あ、はいっ」
間髪入れずの回答に、とりあえずホッと息を吐く。
良かった…龍ヶ崎同士で何かしてるのかと思った……
(でも、それならなんだろう?)
何で今になってあんなにアキを独占してるんだ?
旅行前から独占しとけば、2人だけでここに来れたのに。
「おーい、ハルちゃーん!」
「あ、」
長身が、両手をブンブン振りながら呼んでる。
見るとスコアが見事にひっくり返り、アキたちのチームが勝っていた。
「えぇ……こわ、本当に勝ったの」
「ハル様の願い通りですね」
「気持ち悪いですそれ」
「っ、はははは、」
実は本音で先輩と話してるなんて、いつもの奥ゆかしさがどこかに行って、それに嬉しそうに笑う先輩がいるなんて見てもなくて。
ただただ全力で、「どう!? 僕かっこよかったー?」と満面の笑みを浮かべながら戻ってくる先生をどう対処しようかと、金髪を睨みながら必死に考えていた。
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