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sideハル: どす黒いものと、もうひとつ

「………」 「なんかハルちゃん元気ないね、どうしたのー?」 ベッドに座る先生の膝に乗り、背中から抱っこされるいつもの体勢。 旅行へ来てから、毎日寝る前にこの好き好きタイムの時間がある。 毎日とか嫌すぎて逃げ回ってたけど、どうせ捕まるし体力の無駄と悟って好きにやらせることにした。 抱かれるだけで別になにされる訳でもないし、少しの間だけだし。 けど…… 「んー?」と覗き込んでくる先生すらどうでもいいほど、今は思考の沼にハマってしまっている。 〝アキといることが、気まずい〟 なんでそんなことを思ったんだろう。 ここに来るまでは普通だったのに。 部屋が離れたから? いつも一緒にいないから? それならアキが僕として通ってた時も、いつも一緒じゃなかった。 なのに、その時は気まずいなんて感じなかった。 なんで今は感じる? アキがアキになったから? 肌が少し焼けたから? (………) アキのままでも学園で気まずくなることは無かったし、別に肌の色が変わるくらい普通だろ。双子でも似てないところや違いはある。 じゃあなに? どうしてなの……?? 「んー…ふふふ、よいしょっと」 「わっ」 両脇に手を入れて持ち上げられ、向き合うようにグルリと体勢を変えられる。 腰に手を回してくる先生を睨むと、楽しそうににんまり笑われた。 「僕との時間なのに他のこと考えてるのは嫌だけど、今考えてるのは大事なことだから見逃してあげる」 「ぇ…」 「そっちのほうが早く僕のものにもなるし」 早く、僕のものにもなる……? 「ねぇハルちゃん、今日アキくんと話して何か変だったでしょ。アキくんも変な顔してたから、互いに感じたのかな? それがなんなのか分からないんだよね」 「っ、見て…たの……?」 「勿論。僕がハルちゃんを見逃すわけないじゃん」 だんだん笑みが深くなるのを、じぃ…っと見下ろす。 抱かれている分目線は僕のが高いのに、なんでか先生のほうが上にいる感じがして嫌だ。 シィ…ンとした部屋の中、僕らの間にだけ変な緊張が走りだして。 それに満足気な先生が、トンっと片手で僕の胸を叩いた。 「今、ハルちゃんのこの中にはドロドロしたどす黒いものがある。 医学では表せないもの。わかるでしょう? 自覚はあるし、それと仲良くしてるよね?」 「………」 ある。ドロドロしたどす黒いもの。 自分の不甲斐なさや許せない部分…負の感情が集まってできた、真っ黒いもの。 「それを感じてるときってすごく心地がいいよね。 〝あぁ今自分はこのことを忘れずに考えれてる、だから自分自身を罰することができている。これを考えているうちは自分は罪を背負えてるんだ〟的な。 人間って昇っていくより落ちていくほうが楽だからさ、どんどん思考を下げて黒くしていって、それに身を委ねるのを楽に感じるんだよ。安心するというか。 ……でも、」 トントンと、まるでノックするようにまた叩かれる。 「ハルちゃんの心の中には、もうひとつ別の感情がある。 この黒いのの裏側に、同じくらい大きなものが」 「………ぇ」 「黒いほうが主張しすぎて今まで見えなかったんだね。 それに今気づいて、悩んでるのかな」 (僕の中に、もうひとつの感情……?) そんなの、あるはずない。 僕はアキに罪悪感を抱いてて、それだけの存在。 アキに平気で茨の道を歩かせ自分は安全なほうを行く。美味しいところだけを掻っ攫っていく、そんな。 今も恋人と結ばれたのに同じ部屋にしてあげられない。小鳥遊の屋敷や両親から解放されたにもかかわらず、僕自身から解放してあげれてない。本当に嫌な奴だ。 だから、僕だけのものがひとつもないのは当たり前。こんな奴ひとりぼっちで充分。寧ろ空っぽがお似合い、そんなに長くはない命なんだし。 それなのに、もうひとつの感情だと……? ポツリ 「そんなの…いらない……」 「んーんいらないんじゃない。もう持ってるよ」 「嘘だ、持ってない。僕の中には黒しかない」 「なら今悩んでないはずだ。 罪悪感とか1人なりたいとか、そういう負の感情ばっかりならきっとアキくんに何かを感じることはなかった。 ハルちゃんのもうひとつの感情が、こうやってモヤモヤさせてるんだよ。だからーー」 「違う!!」 思ったより大きな声に、ピタリと先生の手が止まる。 「違う、そんなものは絶対無い。 僕にはこれだけだ、この想いだけで今を生きてる。現状維持を続けてる。僕には黒だけで……」 「ハルちゃん、それはーー」 「大体!!」 バッ!と勢いよく顔を上げる。 「先生が変なこと言ってかき回したからこうなってるんじゃないんですか!? 僕がその変な感情を持ってたとしても、気づかなければよかっただけ。気付かせたのがいけないんでしょう!? 先生が来てから変になった、先生がいるからこうなった。  先生がいなければ、僕は前と同じように過ごせてたのに……!」 「うん、そうだね。その通りだ」 こんなに感情的になってるのに、いつものテンションで返される言葉。 なんだかよくわからない気持ちが渦巻いて、溢れて溢れてしょうがない。 「そんなに……僕が欲しいんですか」 「うん、欲しい」 「僕の環境を壊してまで? こんなに僕が苦しんでるのに?」 「うん。苦しみは後から解放してあげれるからね」 「自分がいれば、僕は大丈夫だって……?」 「そう、全てが大丈夫」 「…………狂ってる……」 呆然とする僕へ、ニコリと先生が笑った。 「ハルちゃんのその抱えてる黒いもの、そして見えてきた新しいもの。 どちらも解決させられるのは僕だよ。 だからハルちゃんは素直に僕の手を取ればいい。苦しいと思うなら早く楽になればいい。 僕が、全力でハルちゃんを助けるから」 「っ……」 一体、自分はいつからこの人の掌の上で踊ってたんだろう。 僕が新しい感情に気づくよう誘導されていたのだろうか。 (助けるとか、馬鹿なの?) あなたがここまで掻き回したんだろ。 それを助けるとか、それなら初めから掻き回さなきゃよかったんだ。 なのにこんな…… 僕とアキの間に亀裂を走らせるようなこと…して……!! 「……手、離してください」 「? 手って?」 「腰の手、どけて」 後ろに落ちないよう回されてた手をグッと掴み、離させる。 そして床に足をつけ立ちあがり、まっすぐドアへと向かった。 「ハルちゃん? どうしたの、どこ行くの?」 「月森先輩のところです。 もう絶対、あなたとは過ごしません」 「え? 待ってよ、なんでーー」 「あなたが嫌いだからです!!」 最悪だ。 もっと早く、こうしとくべきだった。 乱暴にスリッパを履きガチャリとドアを開け、 尚も追ってくる先生へ振り返ることなく言葉を放つ。 「あなたのことが、理解できません。 自分さえいれば僕は大丈夫だって思うんですか? 誰の代わりもできないくせに。 先生は確かに優秀です、腕もあります。でもそれだけだ。 個人的感情を押し付けて馬鹿みたいに人間関係掻き乱して、自分を1番にしてほしいと言う。一緒に死んであげると言う。そんなのおかしいでしょ。 僕はあなたが欲しくないしあなたを所有物にするつもりもない。 自分だけのものなんて、いらない。 ーーいらないんだ」 バタンと閉めたドアからは、何も聞こえない。 それを一瞥しながら、まっすぐ先輩の部屋へ向かった。

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