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sideハル: なんかデジャヴだね 1
「…………で」
放課後、業務開始前の生徒会室。
向かい合うよう置かれているソファーの片側には、アキとイロハ。
反対側で俯き気味に座る僕を、じぃ…と見てるのがわかる。
「先生とのこと、相談したいと」
「……っ、は、ぃ…」
「わぁ、なんかすごいデジャヴ。おれがカズマのこと相談したときみたい!
そんなに大事なことなら帰ってからでもよかったのに。もうすぐ業務始まっちゃうし、そんなに話できないよ」
「大事じゃないからっ、別にがっつり相談ってわけでもないし。
みんな忙しいのに帰ってからの時間もらうは申し訳ないって」
レイヤは、今日は生徒会参加が遅くなると言っていた。
カズマもたまたま用が入り、終わり間際くらいにしか手伝いに来れない。
だから、僕ら3人の時間にちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、意見聞かせてもらえたらなと…思って……
「というか、大事かどうかは話聞いた側も考えることだろ。
なに自分だけで判断してんだハル?」
「そうだよ。おれそもそも先生とハルがそんな関係になってることすら知らなかったし!
あのとき相談にのってくれたぶん、今度はぼくもしっかり聞くから。大事な友だちなんだから、別に忙しくても関係ないよ」
「いや、でも…」
「今はあんまり時間取れないけど、ここで終わんなかったらまた後で聞く」
「それおれも呼んで。寮帰ったら部屋訪ねてもいい?」
「おう」
「あぁその、本当に大したことじゃなくて!
僕先生とどうなりたいのかも分からないし、なんかふわふわしてる感じの内容でもっと考えまとめてからのほうが絶対いいし、だから別にーー」
「「ハル」」
真っ直ぐ見てくる2人に、グッと喉が詰まる。
「ちゃんと考えさせてよ。
ハルが相談してくれたの、俺すごく嬉しいんだ。ハルがハルとして生活してる証なんだなって。
だからちゃんと話聞きたいし、一緒に考えたい」
「考えまとまってないのは当たり前だよ、まとまってたら相談しないでしょ。
カズマとのことが終わったとき、『次はハルだね』って話したよね。でも無理して誰かとくっついてほしくなくて。ひとりでいたほうが幸せならそれでいいし、誰かができたのならそれでもいい。
ぼくは、ハルの気持ちが1番大事。全部ひとりで解決しようとしないでよ。想い、聞かせてほしいな」
「ーーっ、う、ん」
自分らしく過ごすようになって思ったのは、案外想いを伝えるのは難しいということ。
「〝ハル〟だったらこうする・こう考える」というものを全部自分で決める。それは自由であり責任のかかるもの。
そして、自分の想いを素直に相手に伝えなければならない。
むず痒くて、恥ずかしくて、大変。
これをみんなは平気でやってるなんて、本当にすごいなと思う。
今回のことも、アキやイロハに聞くのが適任だと軽い気持ちで話した。
(でも…まさかこんなに重要に捉えられるとは……)
びっくり。でも、嫌な気はしない。
心配してくれてるのが、相談にのろうとしてくれてるのが、恥ずかしいけど嬉しい。
僕も腹括ってちゃんと話そう。
全然気持ちまとまってないけど、もしかしたら余計に心配かけちゃうかもしれないけど
でもーー
「ありがとう。じゃあ、話聞いてほしいな」
膝の上で拳を作りながら笑うと、安心したように表情を緩める2人。
そのまま、ポツリポツリとゆっくり話をしはじめた。
「なる、ほど…loveじゃない可能性か……」
「うん。なんかここ最近…というか旅行後の先生見てたらそんな気が」
「………というか、ちょっと待って……え、ハル本当にヨウダイ先生大丈夫?」
「大丈夫だよ、もう逃げれないだろうし」
「そうじゃなくて……
嘘でしょ、先生ってそんな本性だったの…?」
「うん」
話をちゃんと整理して返すアキと、ついていけなくて固まるイロハ。
背後に宇宙が見えそうなほど呆然としてるイロハを置いて、アキが身を乗り出しどんどん詰めてくる。
「まずさ、そこを悩んでる時点で多少なりともハルは先生に好意を寄せてると思う。
どうでもいい人からの『好き』に種類とか考えないし。
loveなのかlikeなのかfavoriteなのか、それとも別の意味なのかは置いといて、少しは気になってる的な…?」
「それは…違うと、思うけど……
というか、僕はあんなにグイグイ来てた先生がいきなりなんともなくなったからちょっと気になっただけで」
「それは、『認めたくない』も入ってる?」
「…………入ってる…かも……」
「そかそか」
うわぁなんか、なんか嫌だ!なんでこんな話になってるの!? 恥ずかしい!!
ぶわぁっと赤くなってるだろう顔を下に向けると、ふふふとアキが笑う。
「とりあえずその辺りの気持ちは自分で向き合ってもらうとして、先生のことだな。
んんーなんであの先生が引いてるのか……旅行中もあんなにハル独占してたのに。俺なかなか近づけなかったし」
「手に入れる気満々だったというか、僕のものになる気満々だったんだよね…首輪付けていいよって言われたし」
「首輪買ってやったら?」
「絶対やだ。何言ってんのアキ」
「あははっ、うそうそ。
まぁ、考えられるのは2つくらいじゃね?
ひとつは旅行中ずっと一緒にいて押して押して押しまくったから、ちょっと引いて一旦落ち着こう的なパターン。
仕事も始まったし気が緩んでたの戻そうとしてるとか。元々旅行が非日常だったんだし、もしかしたら今の先生のほうが当たり前なのかもな。隠してる本性と今の性格とで上手くバランスとってるのかも。
もうひとつがーー」
「僕のこと手に入ったから、もういいかなってパターン」
欲しくて欲しくてたまらない相手から手を伸ばされ、自分の手の内に入れることを許された。
こんなの、誰が見ても手に入ったと思う。
僕が先生を手に入れたと同時に、先生も僕を手に入れた。
(でも、その場合だったら……)
「好きの意味はloveじゃなくてfavoriteになる、と」
「う、ん」
それは、きっと〝お気に入り〟。
僕は、先生のお気に入りになったということ。
手に入れたお気に入りは、ガラスケースに入れられ大切に保管される。
あの先生の狂気は、もしかしたらそっちのほうなんじゃないかと…ここ最近ずっと思ってて……
「……うん。
正直俺も、先生見てるとハルのことお気に入りとして愛でたいようにしてる感じは…する」
「だよね」
「ハルは、ヨウダイ先生からfavoriteの意味の『好き』を告げられるのは嫌?」
「な…んか……やだ……」
嫌だ。あの人のお気に入りが僕だけだとしても、嫌。
よくわからないけど、イライラしてズキズキして…悲しくなる。
「……というかさ、なにそれ? あり得ないんだけど」
「? イロハ?」「なにイロハ、どうしたの?」
今まで一言も話さなかったのに、いつのまにかプルプル震えてる。
「ハルが怖い思いしながら考えて、先生のこと受け入れて。
それなのにお気に入り? 愛でる??
意味わからないでしょ、最後まで責任持てよ。
半端なことするから今ハルがこんなに悩んでんだろ」
「えっ、イロハ? 口調が」
「大体!僕らの大事なハル取っときながら愛さないなんて絶対許さないから!!」
「ちょっとストーップ!」
ガタン!と勢いよく立ち上がったイロハを、アキが宥める。
「だってそうじゃない!? 『愛してる』って言ったんでしょ!? なのに蓋開けたらただのお気に入りって意味でしたとか、あり得なすぎて腹が立つ。
あーもーちょっとおれ今日帰りたい。スズちゃんに頼んで先生いる病院乗り込みたい」
「イロハ、大丈夫だから落ち着こ? 座って…」
『愛してる』とは、確かに言われた。
『愛する人のために医学の道を選んだ』『人間が最も超えられない壁は〝死〟だから、それさえ操作できるようになりたい』と。
あの人は龍ヶ崎の中でも異端で、一途すぎるが故に狂気じみた本性をもつ。
ーーそんな人なら、別にお気に入りにその言葉をかけても おかしくないのでは?
たったひとつの欲しくて欲しくてたまらなかったお気にいりにそんな言葉を告げても、変じゃないのでは……?
もし仮に、そうだとしたら
先生にとっての「愛してる」が、「お気に入り」という意味だったら
僕は、「そうなんだ」で終われる?
「やっぱりね」って、言えるの?
「わかってたよ」 ってーー
(笑えるの……?)
「お前ら、難しいこと考えてんなぁ」
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