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sideヨウダイ: 本当、食べてしまいたい

「はぁぁ………」 午前0時を過ぎた頃 電気を消した診察室で、椅子に座りぼぅっと天井を見つめる。 シンとした室内には、すよすよ可愛い寝息の音。 下がってきた外の気温に負けないよう、エアコンの風量を少し上げた。 (…正直、こうなるとは思ってなかったな) 普通と大幅にズレた存在。 他人と決して分かりあえない存在。 だから、龍ヶ崎という恵まれた場所に生まれたのに外へ出た。自分と異なる考え方の群れにいるのに違和感を感じた。 両親にも止められることはなく「じゃあ自分は出て何をしたいのか」と考えたとき、真っ先に浮かんだのが医学だった。 たったひとりの人を愛しすぎてしまう性格。 執着して、全てを独り占めして、その人が死んでしまってもきっと自分は一生愛し続ける。寧ろ後を追う。 ならば、その命さえも守りぬけるように。もし「死にたい」と望まれたときは、自分が殺せるように。 他人ではなく自分が、その人の全てを司ることができるように。 そう思って、できるのかも分からないたったひとりの人のため、この道に進んだ。 楽じゃなかった。多分世の中にある学問の中で最も険しいと思う。生死に関わるから当たり前かもしれないけど。 それでも、将来を思えば全然だった。 「今学んでることは、愛する人の役に立つかもしれない」「この実習でしたことをまるっきり未来の自分はしてるかも」 考えればキリがないくらいの「もしかして」を想像して、先生や先輩の話・現職の医師との研修・レアな事例の共有まで、全てを学び吸収した。 名医と呼ばれるようになってからもそうだ。 関わる患者・治療・手術、全部将来できる大切な人がこうなったときの〝予行練習〟と思ってやってる。 練習でミスすれば本番もミスする確率が上がる。だから練習でも失敗しない。確実に仕事をする。そしたら自然と「名医」と呼ばれるようになっただけ。 そんなふうに学生時代からずっと医学の道だけを走ってきて、学んで学んで学びまくって手に職をつけて知識をつけて ーーでも、ふとしたときに思ってしまうこと。 『本当に そんな人が…… 自分が愛することを許してくれる人が、現れるのか』 自分のことは自分が1番知ってる。 こんな奴、選ぶほうがどうかしている。 だから別に選んでくれなくていい。他の人を愛してもいい。ただ執着することを許してほしい。そしたら後は何も望まない。同じものを返してほしいと言うこともない。 ただ愛させてほしい。 狂気じみた想いを、受け取ってほしい。 気持ち悪いほどの切望を、聞いてほしい。 こう、思ってたのにーー (まさか受け入れてくれる人が、いるなんて) しかも医学の知識も必要。一般の人みたく、いざというときじゃない。日常で必要な人。 生い立ちも、考え方も、それゆえに空っぽな人柄も、全部僕が望んでいたもので。 そんな人に、『同じ想いを返してほしい』と言われて…… 「僕、生きててよかったなぁ」 実は何度も死のうかと思った。ハルちゃんのこと言えたタチじゃない。 こんなに努力しても、当の本人が現れないんじゃ意味がない。というか現れるわけないだろ。ならもう死んだほうがいいんじゃないか。こんな思いで救われても患者はいい気がしない。いっそ死んでまともな人間に生まれ変わったほうがーー でもそれでも望みは捨てきれなくて、あともう少しだけ、いやせめて40過ぎてから考えようとか、そんなことを思いながら日々を慎重に生きていて。 (ハルちゃん。 僕はね、本当に愛するだけでよかったんだよ) 見返りなんて本気で考えてなかった。ただ受け入れてくれるだけでよかった。 小鳥遊ハルという存在が、僕に「医学に進んでよかっただろ」「ひとりぼっちの所有物になれてよかっただろ」と語りかけてくる。 僕のこれまでの人生を、全て肯定してくれる。 それだけでこんなに救われる。死なずにいてよかったと思える。 そんな僕に、まさか愛を返してくれるなんて…… 「ねぇ、ハルちゃん。本当に大好き」 ベッドへ近づき、後始末が終わっている綺麗な体を撫でる。 熱い。きっと目覚めたら熱からのスタートだ。 しょうがない、だって2回も射精した。運動に慣れてない身体には相当な負荷。それを知ってて促した僕のせい。 (でも、現状維持はできるから) 本人の現状維持を思えばどうってことないはず。 土日は僕と一緒にいれるし、学園へ戻る頃には元通りになってるだろう。 『ん、ぁ…ぁ……せん、せっ』 「…………」 僕とセックスしたいと望んでくれたのは嬉しい。 でも、僕は別にハルちゃんへ挿れたいとは思わない。 本来挿れるための場所じゃないところに挿れる。恐らくこの身体には無理だ。耐えられない。 というか僕は僕のことを受け入れてくれただけでよかったから、セックスなんて考えてもなかった。 だから恋人になることも想像してなくて、ただ想いが通じて幸せだと思ってたのに…… (それに耐えられなくて不安になって、自分から告白してくるなんて…ほんと若いなぁ) こんな可愛い衣装まで着て。猪突猛進とはこのこと。 可愛すぎて可愛いすぎて目に入れてもきっと痛くない。 どうしようかな。これからもセックスするだろうし、なるべく体に負担がかからないようにしないと。 まずは人から与えられる快感にまったく慣れてないハルちゃんに、キモチイを覚えさせる。 「射精は怖くない・いつでもイッていい」ということを全力で学んでもらって、ひたすらドロドロに溶かしたい。 挿れないぶん愛撫も増えるし、その刺激でイッたほうが楽だ。だからペニス以外の胸・横腹・首とか弱かったところでも達せるようにしてあげたい。 今日みたいな大きい射精で大きい快感を得るより、少しづつの射精で何度も快感を得たほうがキモチイは続く。こんなふうな気絶もないから身体にもいいし。 あぁ絶対可愛いだろうな、ちょっとずつイくハルちゃん。 何度も震えてピュクって小さく射精して、「ぁ、ぁ、またイッちゃ」ってすぐまたピクンと身体を震わせて…… 僕の射精なんかは、ハルちゃんのどれかと一緒に出せばいい。 (いいな、想像だけで何回でもイけそう) そうだ。あとしばらくは射精させるとき僕の合図を付けようか。 不安みたいだから「大丈夫だよ」って。さっきみたいなカウントでもいいし「せーの」でもいいし。 …でもそれ、そのうち僕の声がないとイけなくなる……? それもいいな。可哀想だけどいい。僕の声がトリガーになって射精とかやばい。 そしたらもう二度とオナニーとかできなくなるんだ。やってみて「あれ? イけない」って。 そのとき気づくのだろうか。「僕はこんなにも先生に身体を変えられたのか」って…… 「嗚呼、いいな。そうしようか」 これならきっと、あの月森も気づかない。 僕と出会う前に月森と出会ったことは、ハルちゃんにとって幸運だと思う。 おかげで僕も制御された。まぁ制御してくれないと本当に監禁するから僕にとってもラッキーだったかもしれない。 でも、どうしても邪魔だと思ってしまうのを許してほしい。 「あーぁ、この職場からも動けなくなっちゃったな」 この病院は設備は整ってるしそれなりにいい場所だが、寒い。 何度言っても聞かないし、もう別のところに移ってもいいなと考えていた。 けど、ここでセックスをしてしまった。 ハルちゃんとの思い出が生まれてしまった。 (僕が去るときは、この部屋だけ取り壊すかリノベーションしてもらおう) この場で他の人が仕事をするなんて、許さない。 徹底的に言って何がなんでも壊してから行く。 でも、もう何かない限りは此処から動かないかな。 「……ハルちゃん」 こんなのに捕まって、可哀想で気の毒で、でも強くてしなやかなハルちゃん。 どんな面もどんなところも本当に大好きで、可愛くていじらしくて ……本当に 「食べてしまいたいくらい、愛してる」 一生側にいる。死んでも、ずっと。 (僕は、君の所有物だ) 眠るその頬に、そっと口づけを落とした。

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