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[番外編]アキの文化祭 1

※ハル編の文化祭部分(P495〜P496)、アキ視点です。 1年のときアキは文化祭を楽しめなかったので、アキ編も書いてあげたく…よろしければお付き合いください。 ※本編の文化祭部分(P179〜P222)を読んだほうがわかりやすい内容です。 [side アキ] 「はぁ…!は、は……っ!」 ドクドク鳴る心臓がうるさい。 耳鳴りがして、目の前がチカチカしてくる。 (なんで…いま……っ) 明日は文化祭。 夏休み明けから忙しく、毎日バタバタ動き回っていた。 行事を司る生徒会に所属してるぶん、今年も大変。 でも、今回の実行委員会は会計と書記…イロハとカズマが取りまとめてくれるから多少マシかもしれない。 (2人が快く引き受けてくれたんだよなぁ) 『アキはもうしたでしょ? 今年はおれたちにさせてよ』と。『去年実行委員として参加したときいろいろ思ったことがあったから、今年はまとめる側になってその辺改善してみたいんだ』と。 心強い。レイヤも二つ返事で承諾していた。 副会長さんと一緒にやったのが懐かしい。 体育大会前にレイヤと思いっきりぶつかって、それからメキメキ実力をつけ自信をつけ大きくなっていった人。 文化祭自体が初めてだった俺のサポートもしてくれながら実行委員会もまとめて、本当にすごい人だった。 今は大学生。元気でいるだろうか…… (3回ある集まりのときもリーダーシップすごかったんだよな。俺板書だけでよかったもん。 1回目でも、2回目でもーー) 「アキ」 「? なに?」 「…………」 最終チェックを済ませヘトヘトになりながら寮へ帰る道すがら、レイヤに呼ばれた。 呼んだくせに無言。暗くても睨まれてるのが分かる。 「レイヤ? どうしたの、どっか心配な箇所でもあっt」 「お前、大丈夫か」 「……へ?」 俺? なんだ? 別になんともないし体調も万全。明日も仕事はあるけど全力で楽しもうと思っててーー (………ぁ) なるほど、もしかして そういう。 「大丈夫だよ。心配いらない」 笑いながらその顔を見上げる。 多分、レイヤは去年のことを言ってる。 去年の俺の文化祭は散々だったから、それを思い出してないかって。 フラッシュバックというか、そういうのはないかって。 全然平気だ。なにもない。 寧ろ言われるまで忘れていた。なんだろう…多分、みんながあの事件以降話題に出さないでくれたからかな? 気遣ってたのかもだけど、おかげで思い出さずに過ごせていられた。 結局ハルにも報告してないし、本当そのレベル。 「この準備中もなんともなかっただろ俺? もう1年も前のことなんだし、乗り越えたって」 「確かにこの期間なにもなかったが、それは忙しくて考える暇なかったからかもしれねぇだろ。 乗り越えたかどうかは文化祭終わらないと確認できない。 心配してんだよ、お前のこと。 ……念のため、今日は月森をお前らの部屋に泊まらせて お前はこっちに」 「ほんとに大丈夫だから!」 回される手を全力で拒否して、パタパタ両手を振る。 レイヤだって連日大変だった。 生徒会長なんだし明日からの本番はもっと大変。休んどいたほうがいい。 俺も今日はすぐ寝るし、レイヤの部屋行っても別になにもするつもりない。 きっと、文化祭は嵐のように過ぎ去っていくんだろう。 明日は1日業務で潰れる。午前中は生徒会、午後はクラスの出し物。 自由があるのは2日目だ。午前中はハルが自由になり、午後からは交代して俺。そこでレイヤと一緒に回る予定。 (やっと回れるんだ!楽しみすぎる……!) レイヤにとって高校最後の文化祭。 その最後の日の最後の時間を、最後まで一緒に過ごせる。 幸せだ、まじで全力で頑張れる。 だから、本当思い出す間もない。目の前のことに精一杯で、寧ろ何も考えられなくなるから。 「ね? また明日会おうよ」 「………」 「俺無理してるように見える?」 「…見えない」 「ほら、なら大丈夫だ。もう笑えよ」 「……チッ、いつでも訪ねていいからな」 「ははっ、ありがとう。大好き」 「おう」 ぶっきらぼうな返事。でも、繋がれた手は温かい。 それに心もあったまって、自然と笑えてきて。 「あーなんかいちゃついてるー」と茶化してくるイロハたちにわいわい言い返しながら、楽しく帰った はずだったのにーー (うそ、だっ) 夕食後、明日のためゆっくりすることなく自室に戻った。 レイヤもだけど明日は俺も大変。任された業務がしっかりこなせるよう、さっさと寝たほうがいい。 ハルも同じ考えで、今日は早めにおやすみを言って別れ ベッドに潜った。 なのに…… (なんで、今になって夢に……?) 鮮明に思い出された、あの日のこと。 何千にも及ぶ気持ち悪い写真・どこから見られてるのかわからない視線・誘導された救護室に漂ってた匂い・あの子の囁くような声ーー 「ぁ…は……は……っ」 小刻みに震える体が、止まらない。 耳を塞いでも塞いでも、鼓膜の内側であの子の声がする。 こんなこと全然なかったのに、今になって? 明日が文化祭だから? 無意識のうちに考えないようにしてた? 忘れてたんじゃなくて、思い出さないようにしてたとか…? 「っ、く……」 胸元の翡翠の玉をグッと握りしめ、目を閉じる。 大丈夫だ落ち着け。もうあの子はいない。 俺も2年生だし〝ハル〟と呼ばれることもなくなった。今の俺はアキだ。あれはもう過去のこと。 そう、過去のことなんだ。心配はいらない。俺は俺で、明日の文化祭を楽しめばいい。 だから、さっさと寝てーー 『ぁっ、クる、キちゃぅ…ぁ、ぁ、ハル様ぁっ、あ!』 「ーーーーっ! ぉえ、っ」 迫り上がってくる気持ち悪さに、思わず嘔吐いた。 (嫌だ…嫌だ……っ) どんどん記憶が甦ってきて体が動かなくなる。 あの日も動かなかった。 気づいたときにはベッドの上で、甘ったるい花の香りが充満していた。 明るい時間帯だったけど、今みたいにカーテンが締まっていて 力が入らなくて、指一本動かせなくて ただ壁一面に貼られた自分の写真を見ながら、その子にされるがままに なっていて…… 「ーーっ、ふ、ぅ…」 ぶわりと出てきた涙で、視界が滲んだ。 駄目だ。 塞き止めてたものが襲いかかるように溢れてきて、あの日の自分と重なる。 怖くて怖くて声が出なくて、でもあの子はどんどん夢中で体を触ってきて、たくさん射精して俺にかけて、幸せそうに笑って 最終的に、俺のモノを…ナカに…… 「ひ…………レ…ヤ……っ」 もう 限界だった。 反射的に体が動いて、自室のドアを開ける。 ハルが寝てるのにとか、もう0時回って真夜中なのにとか、そんなのは全然頭に入ってこなくて ただ、 『いつでも訪ねていいからな』 その声だけを 追ったーー

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