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「戻ったよ〜」
「お!おかえりハル」
2日目
午前中自由時間をもらってたハルが帰ってきた。
「どうだった? ちゃんと回れた?」
「回れたもなにも、先生が文化祭に全然興味なくてさ…
校舎の案内的なことして終わった」
「えぇ、別にいま案内しなくていいじゃん。ただでさえいつもの校舎じゃなくなってるのに……
なんでもない日に来てもらってやったほうがよくない?」
「そうなんだけど、なんか普段僕が使う場所知りたかったみたいだから今日回った……廊下とかよく座るベンチとか、いろいろ紹介させられた」
「あぁ…なるほど……」
流石あの先生、本当にハルにしか興味がない。
夏の旅行中なんとなく気付いてたハルへの態度。見守ってはいたけど、見え隠れする危うさにいつ先生へ声かけようか悩んでた。結局海へ落ちたハルを助けてくれてから、話をしたんだけど……
(俺が、理解できるものじゃなかったな)
完全に先生のことを理解するのは難しかった。でもハルへの想いだけは完璧で、俺の入る隙はなかった。
あの人は絶対ハルを大事にしてくれる。
この世の誰よりも完璧に、忠実に。
ずっとずっと、ハルの隣にいるのが嫌な奴だったら絶対止めてやろうと思ってた。何をしてでも許してやらないと。
でもあの人は許せる。ちゃんとハルを見て、その心を大切にしてくれる。
(…ハルも、こんな気持ちだったのかな)
俺がレイヤと一緒にいるのを決めたとき、なんとなくだけど少し存在が遠くなったような…そんな切ない気持ちになったのかもしれない。
「あら!ハルくん帰ってきたのね、おかえりなさい〜」
「ハルくんこっちだよ」
「え、トウコさん…マサトさん……?」
俺たちの教室で、大きく手を振ってるふたり。
「今日見に来たんだって。
レイヤのとこにはもう行ったからってここにも寄ってくれた。俺は今まで話してたからハルも行っておいでよ」
「う、うんわかった」
慌てて向かっていく背中。
今日はお互い龍ヶ崎デーだな、すごい。
驚きながらも嬉しそうに会話してるのを横目に、「じゃあ休憩もらうね」とクラスの仲間へ言った。
「レイヤ!」
「おー、親父たち来てるそうだな」
「そうびっくりした!今ハルと話してるよ」
「まだいんのか? 俺のとこは一瞬覗いただけだったのに……」
「え、そうなの…? もしかしたらクラスの展示物が気に入ったのかも……?」
遂にやってきた午後の自由時間。
生徒会からもクラスからも解放され、思いきり文化祭を楽しめる。
(どこで何してるかはもう全部知ってるんだけど、やっぱ気持ちが違うな!)
自分がお客の立場になるからだろうか。それともレイヤと一緒だから?
わからないけど、ワクワクする気持ちが止められない。
「さて、回ってくか」
「うん!どこから行くか……あ、互いに行きたいとこ言っていこう!交代で回るのがよくないか!?」
「あぁ? 俺はもう全部知ってるから別にどこでも…」
「そんなの俺もだろ。
レイヤ最後の文化祭じゃん。自分の行きたいところはちゃんと自分で選んで、全部行こうぜ」
最後なんだから、絶対後悔が残らないように。
やりたいことは全てやって、思い出にしよう。
そんな俺の思いにニヤリと笑い、「じゃあお前から行き先言ってけ」と頭へ手が乗った。
カフェ・劇・展示・演奏・たこ焼き・占い・アイス……
交互に行く場所を言いながら、一緒に回っていく。
クラスの出し物は被らないよう企画されてるから、クラスの数だけ出し物がある。
それに部活動も混ざれば、その数はもっと増えるわけで。
(やっぱお客さん入ると全然違うなぁ!)
生徒はみんな楽しそう。あちこちで笑い声が聞こえてる。
カラフルな風船や宣伝の看板が廊下を行き来してて、それも文化祭に花を添えてるようだ。
すごい。みんなで頑張って作り上げたものが、こんなに形になってる。
達成感と感動と、いろんなものが入り混じって景色がキラキラして見えて。
「はい、生徒会の皆さんには無料です」
「えっ、そんな、ちゃんと払うよ」
「文化祭開催まで大変だったんですから!
お代は受け取らないってクラスで決めてたんですよ?」
「早くしないとアイス溶けちゃいますー」と言われ、慌てて受け取った。まさか無料でもらうなんて……
回るとこ回るとこ全てでこう言われてしまってる。みんなで口裏合わせてるのか、サプライズなのか。
レイヤも笑っていて、そのまま「ちょっと休憩するか」と、屋上に向かった。
「あー涼しいぃー……」
季節的に肌寒いかもだけど、人でごった返してた場所からだと丁度いい気温。
屋上は俺たち以外いなくて、柵にもたれ掛かりながら互いに空を見上げる。
もう夕焼けだ。ずっと校舎内にいたから気づかなかった。
(あと少しで、文化祭が終わる……)
あんなに準備してきたことが、間も無く終了する。
寂しいような…ホッとするような……
「どうだった、文化祭は」
「楽しかった。体育大会より好き」
「準備は倍大変だがな」
「ははっ、そうだね」
本当にお祭りみたいだった。あっという間に終わって。
参加できてよかった。
昨日、一歩を踏み出してよかった。
「……レイヤ」
「ん?」
「俺、レイヤのこと好きだ」
この2日間で、改めて思った。
深夜の訪問から始まり、翌朝の怖気付く俺の背を押してくれ、この時間まで一緒に過ごして…
甘くはなかった。
過保護じゃなく、「自分で動け」「お前はどうしたい?」と俺主体で考えさせてくれた。生徒会のことも、来年はお前たちでやるからと教えてくれた。
普通、俺がレイヤだったら部屋から出したくないと思う。あんなことがあったんだから、そんな頑張らずともいい。思い出すのなら、おやすみしようかって。
でも、こいつはそんなことしなかった。何も言わずに側へいて、当日も参加させてくれた。
まるで、「ちゃんと自分でケリつけて乗り越えろ」という声が…聞こえてきそうなほどで……
「そういうところ、本当に好き」
普段は甘いのに、大事なところではちゃんと厳しい。
夏の旅行でも、レイヤは態度をもって俺とハルが互いに依存しすぎてることに気づかせた。
信じて見守ってくれる。お前なら大丈夫だって、自分でなんとかするのを待ってる。
「この先なにがあるかわかんねぇからな。
自分で乗り越えた経験があったほうが、力になんだろ」
「っ、うん」
「で? どうだ、今のお前の心情は」
「ーーもう、大丈夫だと思う」
去年のことを思い出したのは、始まる前の夜だけだった。
参加することを決めた文化祭はすごく有意義に終わって、達成感と感動・楽しさ……そういうのばかりが心に残ってる。
だから、もう きっと大丈夫。
「来年は思い出すことなく文化祭迎えられると思うよ」
「そうか。
まぁ、実は無理だったっていうんならそれでもいい。
来年は俺も見に来る。月森もそうだろ。
だから教えてくれればいい」
「ーーっ、優しいな、レイヤは」
「お前にだけだ」
と言いつつ、面倒見のいいこいつはイロハやカズマとも向き合い内面を育ててる。
(落ち着いたら、ハルにも言おう)
多分、なんとなく察してる。でもなにも聞いてこない。
後夜祭が終わって日常に戻ったら話そう。心配されるだろうけど、「もう乗り越えたんだよ」って。「だけどもしかしたら来年も変になるかもだから、そのときは頼らせてほしい」と。
味方は多い方がいい。ちゃんと頼ることをしたほうがいい。じゃないと逆に迷惑がかかる。これも学んだこと。
来年は、このままいけばハルが生徒会長。俺は何になるかわからないけど、部屋は今のレイヤのところを2人で使わせてもらう予定。
だからきっと、文化祭前日はハルと一緒にいるわけで。
(来年も大変なんだろうな)
ヘトヘトになるまで業務して、同化するようベッドで眠って。
でも、その達成感や充実感は計り知れなくて 絶対楽しい。
そんな文化祭に なるだろうからーー
手に垂れたアイスをレイヤが舐めとってきて、それがくすぐったくて笑って、お返しだとレイヤのアイスをひと口食べて。
レイヤの文化祭も、いいものになったかな。
去年よりもずっといいものになってたら、いいな。
終了を告げる実行委員の放送の声。
それを聞きながら
最後のアイスがなくなるまで、ふたりでずっと 思い出を作りあっていたーー
[外伝]アキの文化祭
fin.
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