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第14話 猫の舌
振り払われるまではしがみついて、ねだろうと思った。抱いてって。
しがみつくのは得意だよ。クライミングやってたからさ。けど、こんなに離したくないって、なりふりかまわず思ったのは初めてだ。
――今、身体洗ってくるから! 埃まみれだし、綺麗にしてくる、からっ!
ダサいくらいに焦ってた。この人の気が変わらないうちにって、慌てながらバスルームに行こうとしたら、手首を掴まれ、そして、その手首を強く握られた。
――お前ね……それ、意味わかって言ってんのか?
じっと見つめられ。胸の内を覗き込んで確かめるように。
――わかってるよ。ちゃんと。久瀬さんに抱いて欲しいって意味、ちゃんとわかってる。
わかってないのは久瀬さんのほうかもしれない。
引く、かもよ?
だって、俺、あんたの体温ひとつで身体が反応する。背中から抱き締められただけで勃起したんだ。
抱きしめてくれた腕、あんたの長い髪から香るシャンプー、うなじに微かに触れる気がする寝息、たったそれだけのものでも俺にとっては掻き集めて、オカズにしてしまえる。
久瀬さんに抱かれることを想像して、扱いて、イけちゃうんだ。
あの大きな手で握ってもらって、上下に扱かれて、あの唇からキスもらって、舌で肌を濡らされる。
あんたとセックスできたらって、想像しながらヌいたんだ。
ねぇ、俺、あんたと、セックスしたいって思ってたよ。
「あっ……はぁっ……久瀬、さんっ」
知られたら追い出されるって思ったから、あんなに仕事詰め込んでさ。
「ンっ、んんんんっ」
だから、首筋を吸われただけでビリビリした。
「お前、大丈夫?」
「わ、かんなっ、い」
だって、そうもなるよ。あんたを背後で感じるんじゃない、なんて。
「あっ、久瀬っ、さっ……ぁ、んんんんんっ」
「感度、すごいな」
服を捲り上げられ、乳首を舐められて、背中が浮くくらいに身体がしなった。
「わっかんなっ、俺、変、なの? 変、だよねっ、こんな」
言われて、急に慌てた。呆れてるかもしれないって。久瀬さん、ゲイって言ってた。なら、きっとたくさん男の人とセックスしたことがあるんだ。もっと綺麗な人? もっと可愛い人? もっと、色々知ってて、上手な人?
わかんない。
忘れたいっていつも思ってたからかな、思い出せないんだ。俺、どんなふうに彼女とセックスしてたっけ? 最初って、どんなだったっけ? セックスって、こんなになんも考えられないくらいになるんだっけ? 声、こんなの出るんだっけ?
「クロ」
「!」
名前を呼ばれて、自分の呼吸がひどく乱れてたことに気がつく。
「あ……久瀬、さん」
「お前ねぇ……」
そっと頬を撫でられて、それから、いつもみたいに顎のところを指先でこちょこちょってくすぐられた。しょっちゅうされてたけど、最近、この人から逃げてばっかだったから、久しぶりの感触に自然と目を細めてしまう。猫らしく、もっと撫でてとねだるように、喉を晒した。
「最初に気に入ったのはお前の目の色」
月色をした瞳があまりにも綺麗だったって、笑って、そして瞼の上にキスをひとつくれた。
「拾ってみたら、やたらと可愛い雄の黒猫だった」
そして、また顎のところを指先でくすぐられて、本物の猫にはない喉仏まで、ツーッと指先が滑るように降りていく。
「……ぁ」
それは思わず声が漏れるくらいに心地いい。
「お前と食べる飯は美味くて、邪魔をしないようにと小説を書いてる時に静かにするお前が愛しくてたまらなかった」
その漏れた声に触れるように、久瀬さんの指が唇をなぞって、少しだけ中へ。
「ン……ふっ」
「恋しいって、思ったよ」
「ぁ、久瀬、さんっ」
「抱きたいって……思った」
指を咥えさせられて、甘い声が自分の唇から零れる。低くてさ、普通の男が上げる喘ぎ声なんてきっと可愛くも色っぽくもないだろうから、ゲイの久瀬さんを興奮させられるようなものじゃないのに。
「ぁ、ンっふっ……く、ぁ」
なのに、久瀬さんの指が口の中をまさぐるのをやめてくれなくて、声が零れ落ちる。唾液が溢れて、指先にいい子いい子ってされた舌が濡れていく。
「あぁ……ふ」
この人の指が濡れて。
「ン、ぁっ、くっ……しゃ、ン」
咥えさせられたまま舌っ足らずに呼んだらたどたどしくて恥ずかしくなった。この人の綴る甘くて優しい恋愛小説をずっと読んでた俺にとってこの指は宝物だ。何にも代えられない価値のあるもの。
その指を咥えてしまったなんて。唾液まみれに濡らしてしまったなんて。
「ンっ」
「ソファで寝てるお前をベッドに連れ込もうと、条件なんておかしなことを言い出すような、売れない恋愛小説家なんかに抱かれていいのか?」
「ン、ふっ」
「クロ」
あんたがいい。あんたが好き。
「んっ……くせ、しゃ……ン」
「柔らけぇ、舌」
この指が好き。綺麗で優しい言葉を紡ぐこの指が。
この人の声も好き。少し乱暴だけれど優しい声が。笑った顔も、執筆中にだけ見せる厳しい顔も、少しだらしないところも、長い髪も全部、好き。
「ん……して」
あんたとセックスしたくてたまらなかった。
「ここ、も……くせ、しゃっ……ンっ」
指を咥えたまま、自分から、さっき久瀬さんが捲り上げてくれた服をもっと捲くった。触ってもらえるように乳首も、それから、ズボンも下げて、そんで。
「ぁ、触って」
舐めてびしょ濡れにした指で触ってもらいたい場所を、晒して。
「お前さ、あんま、興奮させんなよ」
見せて伝えた。
「……ぁ」
「お前、ホント、たまらないよ」
そして、濡れた指で乳首を摘まれて、どうしようもなく、興奮した。
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