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第17話 朝、夢のような
黒猫になった日から悪夢を見なくなった。夢を見てるのか見てないのか、わからないけれどソファで丸まって寝てるとさ、本当にあの人の猫になれた気がして、嬉しかったんだ。少しだけ意識が戻り始めた頃、つま先でまさぐって、久瀬さんのコートが足のところにかかってることを感じると、ひとつ体温が高くなる気がした。
足の指の力、けっこうあるんだよ。ずっとクライミングで使ってたからね。足で何かを掴むことに長けてる。その指をもぞもぞとコートの内側で動かして、チャコールグレーのコートの内側の肌触りをまさぐって、噛み締める。
あぁ、今日も、俺はあの人の黒猫でいられるって。
けど、最近、まともに眠れてなくて、久しぶりのソファ……?
ぁ、れ? ここ、ソファじゃない。
久瀬さんの匂いがする。
そっか。寒いからって、ベッドで寝ろと言われたんだっけ。ソファじゃはみ出してるし、冬本番になったら風邪引くぞって。
いい……匂い。
久瀬さんの、匂い。
好きなんだ。久瀬さんのこと。
いつもさ、執筆中の背中を眺めてた。この人の背中で鼻先を押し潰すくらいにぎゅって、くっつきたいって、思ってた。
もっと近くに、背中よりももっと近くて、隣よりももっとずっと近い場所に。そんな願いはいつか、欲しいっていう気持ちに変わっていった。近くにいきたいっていう思いもどんどん変わって、気がついたら、抱かれたいって、思ってた。抱いて欲しいって。
――あっ、あぁぁっ!
この人の腕の中に閉じ込められたい。
――ぁ、久瀬さんっ!
しがみついて、俺の中でこの人のことを感じたい。
――あっ……ンっ、久瀬、さんっ。
――好きだよ。
セックスしたいって、ずっと。
「っ!」
慌てて飛び起きた。
「と、わっ、わっ……わああっ!」
「落ちるぞ」
びっくりして、起きた。俺の寝床はソファから久瀬さんのいるベッドへと変更されて、けど、俺は好きな人と一緒に寝ることに、身体が反応するから。それがバレたらすぐに追い出されると思って。毎日。
「どうした? すげぇびっくりした顔して」
毎日毎日、朝から晩まで仕事してヘトヘトになって、死んだように眠れば、反応しないかなって考えた。けど、今、夢で、あんたに抱いてもらう夢、見ちゃったから、また反応したと思って、飛び起きたんだ。
これが、バレたら、ダメだから。
「あ……久瀬、さん?」
「あぁ」
この人に抱いてもらいたいなんて思ってること。
「夢、じゃない、よね」
「……あ?」
「俺の、願望?」
知られたらいけないことだけれど、でもずっと焦がれてたから、夢に見たのかと思った。
「…………クロ」
「は、はい」
「お前、明日から、こっち側で寝るようにするぞ」
「!」
俺を懐にしまいこんで、そのままベッドを端から端へと、抱えたまま、ぐるりと回転。そして、壁際に押し込められた。
「本物の猫みたいにベッドからこっそり逃げ出せないように」
「ぁ、あの、これ、夢じゃない、よね? ……久瀬、さん?」
そう思ったのはこっちのほうだとぼやいて、この人が笑った。
バイト先にはすでに電話して、休みにしてもらったらしい。そもそも、仕事のピークも過ぎてきたし、一生懸命働いてくれたおかげで、仕事は予想以上にはかどったから、年末の仕事が手薄なくらい、なんだそうだ。だから、むしろ、休んでくれてかまわないと、向こうもホッとしてたって、教えてくれた。
「寝不足すぎだ、バカ」
「!」
大きな手が、俺の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜる。
「昨日、イったまんま意識飛ばすから、びっくりしただろうが」
「え! あ、あのっ」
「ったく」
「久瀬さん?」
「中、掻き出したけど、あとで腹、痛くなったらどーすんだ」
中出し、そのままにはしておけないのか。そっか。知らなかった、少し残念。この人の吐き出したの、欲しかったのに。
「次、ちゃんとゴム買っておくから」
「……」
「おい、そこで残念そうな顔するなよ」
「だって、腹壊すのくらい、別に」
「バカ」
そうだ。ゴム、ないんだ。昨日、そこまで思い至らなかったけど、そっか、ゴム、この人は持ってないんだ。それってさ、つまりは――。
「おい、今失礼なこと考えただろ」
「! え?」
「どうせ、セックスなんてご無沙汰してたよ」
なんで、わかったんだろ。俺、昔はそんなに顔に出るほうじゃなかったはずなんだけど。
「作家を舐めるなよ」
「き、昨日、舐めた、よ」
「お前ね。大人をからかうな」
そう、昨日、この人のペニスを舐めた。キスもした。触れるだけのやつから、深くて濃いのまで。たくさんした。
「あの、また、してくれる?」
「……」
「俺のこと、また、抱いてくれる?」
「お前、なぁっ」
少し大きな声に、朝の空気がびっくりしてる。俺は壁に追いやられて、小さくなんてなりようもないしっかりした肩を竦めた。
「さっき、ゴム、買っておくって言っただろうが」
「……いいよ。ゴムは」
「そこで不貞腐れない」
だって、ゴムしたらあんたのもらえないだろ。せっかく抱いてくれるのに。
「あのなぁっ!」
「……」
「お前ね、こっちこそ、切羽詰って余裕なしで処女のお前を抱いたんだぞ! 悪かった。ゴムなしで、ローションだって持ってなかったし。そんな準備できてないセックスなんて、もう二度としたくないって、言われやしないかって」
こんなに嬉しいのに? 夢みたいだと思って、さっきから足の指をぎゅっと握ってみたりしてるのに?
「今のところは、辛かったりしないか?」
「あ、ヘーキ……です」
そして額に額を当てて、熱を測るみたいに。
ほら、平気だろ? あんたのほうが俺より体温高いんだ。昨日だって、俺の中にいるあんたはすごく熱かった。内側から溶けそうなくらいに熱かった。
それに、大きくて、太くてさ。
「また、したいと、思ってくれるか?」
「し、たいよ」
久瀬さんのペニスは硬くて、強くて、ほら。
「したい、よ」
ほら、思い出したら身体が火照る。ね? もう、こんなになってる。
「久瀬さんと、また、セックスしたい」
「ゴムが……ない、っつってんだろ」
「ン。でも、掻き出せば平気なんでしょ?」
昨日ずっと揺れて忙しかっただろうベッドが、ぎしりと軋んだ。
「お前ねぇ、そういう問題じゃ」
「久瀬さんだって、硬く、してる」
「これは……」
「したいよ。久瀬さん」
そして、俺は、また脚を開いて、昨日の余韻がまだある熱い内側を好きな人に、見せつけた。
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