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第22話 猫とデート
推定年齢二十五……歳? くらい?
綺麗系のお姉さん。スーツをびしっと着こなしてて、キャリアウーマンっぽい人。モテそうな感じがするけど、ちょっと疲れてそう。表情が暗いから。癒されたい? やっぱり、そういう時は癒されたいよね。それなら、そうそう、もっと右側、そこ、ちょっとだけ高いところに視線を向けてみて、そっちそっち。ぁ、違う違う。よそ見しないで。そう、ちゃんとこっち見て。
ゆっくり探して。
いい? お姉さん。
「あ」の次は「い」だよ。「う」にいっちゃダメだからね。「い」のところだよ。
居眠り姫のドラマCDがあるのは。
(あ、お買い上げありがとうございます)
そう心の中でお礼を言った。
(うちの主がその中のいくつかシナリオを書いております)
それも付け加えて、横目でずっと見ていたお姉さんがレジに向かうところを視界の端で見送った。
「挙動不審だぞ……」
一般的には背の高いはずの俺よりももっと背の高い久瀬さんが俺の黒い髪をくしゃくしゃに掻き混ぜた。
「えっ? そう?」
でも、そんなの気にしない俺に、笑いながら隣に立つ久瀬さんの耳が心なしか赤い。もしかして、少し、照れてる?
「いや……怪しいだろ。CDひとつも手に取らずに、じっと前だけ見つめて微動だにしないって」
だって、あんたの書いたシナリオが収録されたCDを買っていってくれそうだったから、そりゃこっそり見るよ。心の中で念じるよ。
けど、すごい偶然というか、奇跡というか。売れてるって言っても年間ヒットチャート第一位のミュージシャンのCDほどは売れることはないと思うのに、居眠り姫を買っていく女性客と遭遇したんだ。これってすごい確率だと思わない?
「でも、まぁ、嬉しいけどな。初めて見たよ。自分の書いたシナリオCDが売ってるところも、買われるところも」
「……」
「悪くは、ないかもな」
くすっと笑って、「い」のところを見つめた。
あんまりやりたいと思ってなかったって、言ってたっけ。だから名前も適当に決めたって。この仕事を引き受けたのは食べるためだったって。
だからこそ、このCDを俺も久瀬さんがいない隙を見計らって買ってきたんだけど。
「……行くか」
「あ、待って」
手袋を買いにショッピングモールに行きたいって言い出したのは俺だった。けど、ここのCDショップに寄りたいと言ったのは久瀬さんだった。
手元を見ても何も持ってない。買った様子もなかった、ただ来ただけ。俺は、この人の書いたシナリオの他のCDを探したくて、昨日も来た、このコーナーへ。そこにさっきの女性がいた。久瀬さんのシナリオを買っていった人が。
「なぁ、クロ、俺は別に、手袋、平気だぞ? そう、外に出る機会も多くないし」
先に歩いていってしまうこの人に置いていかれないように、慌ててついていくと、ぼそりとそんな遠慮をするんだ。
「俺が欲しいんだってば。久瀬さんにあげたい。あげて、それをつけて欲しい」
「……」
「あんたの指は大事なものじゃん。作家にとって手は宝でしょ? だから、俺が欲しいの」
少し、強引すぎる?
「久瀬さんっあのっ」
俺は、あんたを困らせてる?
「ありがとな」
「……」
「嬉しいよ」
これは身勝手な自己欲だ。
「そんで? どこに売ってるんだっけ?」
「あ、二階の……」
あんたのシナリオを、ドラマを買っていく人がいた。小説だって、ヒットはしてないかもしれないけど、買ってる人は俺だけじゃないだろ? そう、俺だけじゃない。きっとあんたのファンはどこかに、必ずいて、新作を楽しみにしている。既存の作品を何度も何度も読んで涙している。感動してる。
あんたの才能のファンは俺以外にもいる。
だから、俺は手袋をあげたいんだ。ファンの総意じゃなくて、俺があんたを宝物だと思っている。一番、好きだよ。すごく、とても想っている。
誰でもない、俺が、久瀬さんへ手袋を贈るんだ。
「やだぁ。成、贅沢しすぎ! そんなたっかい手袋なんてもったいない」
「うるせぇな」
「そんで? 今日は、なになにぃ? ついに? ついに、連れてきてくれたわけ? 自慢気に? うわあああ、ウケるううう」
アキ……さん。本当にこの人、女装、なの?
手袋を買った後、久瀬さんが寄りたいところがあるっていうからどこかと思った。
「おい、アキ、触るなよ」
まさか、アキさんのいる女装バーだなんて思いもしなかったからびっくりして、面食らう。借りてきた猫状態でちょこんと座るとそこにのしかかるように、アキさんが身体をぴったり寄せて、しなだれかかるように座った。
「やだ、触る。ピチピチイケメンに触る!」
ちょ、本当に? このドアップ、至近距離で見ても、普通に綺麗なお姉さんなんだけど?
「おい! アキ! 昭典!」
「いやーん。本名を店で呼ばないでよ!」
ぁ、でも本当に昭典さんだった。
「ふふふ」
「あ、あの……」
「あらぁ? この前までの、敵対視してますオーラがなくなっちゃった」
「!」
そこで、アキさんがにやり笑い、ド派手な花柄のソファに座りなおした。俺が、仕事で運んで設置したやつだ。
アキさんのお兄さんのところで日払いのバイトで設置した。
女装バーだけじゃなく、キャバクラとか、水商売のお店の設置、廃棄、とにかくなんでもやってた。
「してたでしょ? 私のこと」
「そ、それはっ」
わざと視線を投げかけられて、そこまで露骨だった自覚があるけれど、ないことにしたい俺はちょっと困ってしまう。
「わざと煽るようなこと言った私も悪いけどー」
「え?」
「ふふ」
煽、られてたのか?
「ちょっと楽しかったのよ。成が惚気てたから」
「え?」
「あっ! おい! アキ!」
「ぁ、成ちゃんだー!」
その時を狙ったかのように、他のキャスト、もちろん女装している男性が一斉に久瀬さんを連れて、いや、連行していった。それこそ、刈り取られるみたいに首のところをガシッてされて。
今の人も……女装カテゴリーに入る、んだよね? 入る? のか?
「成はここの常連だからねぇ」
「……」
「どこまで聞いたのかわからないけど。幼馴染なの。成とは」
どこまでも何も、そのあとすぐに、その話が展開してっちゃって、アキさんのことはあまり聞いてなかった。
ただ、あの人に自分が好かれているっていうだけで、俺にはもう充分だったから。
「常連だけど、ここ最近はずっと、出版社帰りの憂さ晴らしって感じだったわ」
「……ぇ?」
「出版社で打ち合わせがあると絶対にうちに寄って、ぐでんぐでんになるまで飲むの。それこそ一人で帰れなくなるくらい。でも、最後にうちの店に寄った時、愚痴も、何も言わなかった」
アキさんはそこで、確かに女性にしては少し大きく感じる手で、長い髪を耳にかけ、俺に、ウーロン茶を作り直してくれた。
「拾ってきたっていう、黒猫の話ばっかりして、帰ってったの」
そして、作りたてのウーロン茶を手渡しながら、俺にニコリと笑った。
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