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第26話 恋する二人は
「んー、あとは、乗ってないのは」
「もうないだろ。お前、さっきもそういって、ジェットコースター二回目乗っただろうが」
昼間はあっちこっちにあるポインセチアとゴールドのオブジェが綺麗だった。夜は、街中がライトアップされていて、イルミネーションの光の花畑。
そう、夜になってしまった。
あと、何かしてないことなかったかな。写真撮ったし、なんだかんだでアトラクション全部制覇できたし。レアなドリンクとかも飲めたし。あとは。あとは、何か、なんでもいいから。やり残してること。
「ほら、閉園前の花火が始まるぞ」
「!」
あと、何かやり残してること。
「クロ、暗いから、迷子にならないように手を繋ぐぞ」
何か、見つけないと。帰らないといけなくなってしまう。
「手、離すなよ」
園内に鳴り響くファンファーレの音。スピーカーのちょうど近くにいた俺たちはその音量に肩を竦めてしまうほど大きく盛大な音だった。
「ほら、始まったぞ」
皆、これを待っていたんだろう。のんびり歩いていた大勢が音に操られるように、園内中央の大広場へと歩いていく。光の花畑の隙間をぬって、薄暗い中を歩くのはけっこう大変で、久瀬さんがはぐれないようにと手を強く握ってくれた。
「ぁ、あの、久瀬さん」
「暗いし、誰も見てねぇよ」
嬉しくて、あの長い指に捕まえてもらえることが嬉しくて、強く握り返しながら、笑うのを堪えていた。
――さぁ、それでは! 本日最後のダンスタイム!
軽やかでアップテンポなクリスマスソング。光の柱がまるで飛び回る妖精みたいに踊りながら真っ暗な夜空に伸びていく。そして、あっちこっちで踊るダンサーと、コミカルに手を振ってくれるキャラクター。
どれも楽しそうなのに、もう終わっちゃうじゃんって、踊らないで欲しくなってしまう。
「また、来ような」
「……久瀬さ、」
――さぁさぁ! 本日はこれでおしまい! でも! 来月、一月からはハッピーニューイヤー! です! 新年のご挨拶! みーんなとできることを楽しみにしてます!
「だってさ」
「……」
「来年、年明け、来ようか」
「!」
「今度は自撮り棒持って」
「……っぷ、久瀬さんが?」
あぁもちろん、って笑ってた。笑って、そして、手を振ってくれる可愛いキャラクターに左手で手を振り返しながら、右手はずっと繋いでる。
そして、カップルも家族も、ぞろぞろと出口に向かって歩き出した。デートは、もう終わり。
今日一日楽しかった。
ジェットコースターもゴーストハウスも、メリーゴーランドだって、乗り物に乗ったままやるシューティングゲームも全部、全部楽しかった。
一日笑っていたけれど。一番笑ったのは、やっぱりジェットコースタ後に腰砕けになった久瀬さんかな。あ、でもゴーストハウスで叫び声を上げた久瀬さんもおかしかった。
ずっと笑ってた。
だから、やっぱりここは初めて来た場所だったよ。今まで一度も来た事のない、そして一番来てみたかった場所だった。
「クロ、アンコールって知ってるか?」
「え?」
あと、デートの終わりがこんなに切ないなんて知らなかった。
「ここでクイズ」
「久瀬さん?」
「遊園地にはよくある乗り物で、でも、ここにはなくて乗れなかった定番はなんでしょうか」
「……」
「大きくて丸いものです」
「……え、けど」
「もうひとつヒント、密室で、キスしたいと思っている貴方には最適な場所です」
何そのヒント、二つの目の、笑ってしまった。
「……観覧、しゃ?」
正解って言ってもらえてもさ。だって、あの観覧車、ちょっと遠いよ。わざわざ、そこまで行くの?
「ほら、クロ」
ちょうど、閉園時間だからなのかタクシーが上手い具合につかまった。手を上げるとわかっていたかのようにタクシーが脇に停まる。そして、久瀬さんが告げた場所へと走り出してしまう。
「デート……」
「え?」
「帰りが寂しいのはお前だけじゃないよ」
「……」
羨ましいと思ったことがある。
久瀬さんの小説で出てくるんだ。デートのワンシーン。あれはけっこう初期の作品だった。最近のじゃなくてさ。
柄の悪そうな男子高校生と転校してきたばかりで馴染めずにいた主人公のお話。馴染めなくて、あまり話すのが得意ではない二人がどうにかこうにかしてデートにまでこぎつけるんだけど、ずっとデートの間中だんまりでさ。最後の最後、電車で帰りながら、本当はまだ帰りたくないけど、それすらも伝えられないまま。けど、ついに、ずっと無言だった彼氏のほうがポツリと呟く。
――俺といて、楽しいかよ。
つまらなさそうに、仏頂面で、女の子に言うにしてはちょっと冷たい口調で突き放すように。
そして、彼女は答えた、
――うん。楽しいよ。
頬を真っ赤にして少し俯いて、そう答える。
あのシーン、好きだった。
恋っていうのは、人を好きになるっていうのは、こんな感じなのかって、少し悲しくなったのを覚えてる。
到底、そんな気持ちを俺は誰に対しても、どんな女の子に対しても、抱いたことがなかったから。
「楽しかったか?」
そういえば、手を繋いだままだった。
「うん。楽しかったよ」
「……そっか」
その手を少しだけ解いて、指だけを絡ませた。久瀬さんの手の中で一番長い指、中指を二本の指で摘んで、マッサージするみたいに揉んでいく。付け根のところは薄くなった皮を撫でて。
「あ、見えてきた」
「へぇ、遠いと思ったけど、タクシーだと案外すぐだな」
爪のところは押し潰すように揉んで。関節をなぞって、また、指の付け根をくすぐって。
「観覧車に行かれるんですか?」
「えぇ、けっこう近いもんですね」
大好きな人が持つ文字を綴る大事な指を、好き勝手にいじってる。
「すぐですよ。平日だから空いてますしねー。もう後数分で着きます」
この人の指を触ってる。
「お前ねぇ、タクシーの中で、人のこと誘惑するなよ」
「ン、だって」
だって、タクシーの運転手が言っていた数分後、この小さな密室に二人で入れたら、したかったんだ。二つ目のヒントで久瀬さんが言ってたこと。
「久瀬、さんっ」
キスしたかった。さっき大切な指をいくら弄ってもしれっとした顔をしてた久瀬さんが表情を崩して、ぐちゃぐちゃにして、俺を抱き締めてくれる。この指にうなじ掴まれたかったんだ。
「あっ……ふっ、ん、久瀬、さん」
「ん?」
「……しかった」
初めて、こんなデートをした。久瀬さんの書いたあの二人のがしていたような、甘くて、切ないくらいに好きって気持ちが溢れ零れるようなデート。
「デート、すごく楽しかった」
「……」
「また、したいよ」
そう、そっと伝えたら、くしゃっと笑って、久瀬さんがまた深く濃いキスをくれた。
「あぁ、もちろんだ」
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