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第30話 支配欲求は

「ねぇ、久瀬さん」 「んー」  今日は、冷えるって、朝の天気予報をネットで見て思ったけど、本当に寒いんだ。久瀬さんの吐く息が真っ白。 「俺、ってさ……」 「あぁ」  繁華街ではそれほどだったけど、うちの辺りに来ると人もいない。飲み屋もない。アパートとマンション、それに一軒家がずっと並んでいる住宅街。だから吐息が、ほら、タバコの煙みたいに真っ白になって立ち込める。  あんたは少しだけ歩くのがのんびりで、俺はいつもちょっと前を歩くんだけど、その白い息が右側でふわり、ふわりって立ち込める度に、そこにいるんだって感じられて嬉しい。  寒いのが、こんだけ冷えて、吐く息が白くなるほど寒いのが嬉しいなんて、思ったこと一度もなかったよ。 「なんだ? クロ」 「俺って、支配欲、駆り立てる? その、男の人の」 「……っ、はぁぁぁぁあっ?」  びっくり、するじゃん。大きな声と、それに、右側でふわりふわり、あんたの吐く息がいきなり、ぶわってさ。 「なっ、おまっ」 「ち、ちがっ、その、えっと、俺ってあんたの黒猫、でしょ? そんで、アキさんに、なかなか懐かないところが男の支配欲求を、その、駆り立てると」 「あぁ?」  ちょっと、怖いって。そんな眉間にしわ寄せて、それでなくても、カッコいいんだから、すごんだりしたら、その一般的サラリーマンにはありえない長髪と相まって、マフィアにしか見えないから。 「アキが? お前に対して? 支配欲駆り立てられたってか?」  元々低いのに、声の凄味が増してるし。 「あー。いやー……そう、ではないかな」 「……」 「お客、さん?」 「女装、したのか?」 「は、はぁぁぁぁぁ?」  今度、空気を真っ白にして大きな声を出したのは俺だった。びっくりしたのも俺だったけれど。 「な、なんでそうなるんだよっ、俺の女装って」 「あそこ、女装バーだぞ」 「ちがっ! 俺は、ボーイの! 臨時バイトだってば! そこにアキさんの常連? なのかな、お客さんが来て、そのなんか、ワインを何度も頼むから」 「……迫られたのか?」  冗談にもほどがある、と思うよ。俺の女装が見たいとか、ワインを何度も頼むのも、あれと一緒だ。ほら、あれ、猫カフェ。猫じゃらし持ってふわふわ揺らせばどんな猫も飛び掛る、わけないのに、わかってない客が一生懸命に目の前でそれを振ってる感じ。 「別に、接客だし、あんま気にしてないよ」 「あのなぁっ」 「けど、俺、ゲイじゃない」 「……」  俺はあんただけだ。  そんな気持ちを込めて、女装なんて似合うわけもない男の俺だけれど、好きな人の袖をぎゅっと握った。  こんなことしたって可愛くないのわかってるけど、でもさ。 「だから、別に迫られても気にならない。口説かれてもなびかないよ」 「……」 「だって、俺は、久瀬さん、だけの」  あんただけの。 「あぁ、俺のだよ」  黒猫、なんだから。 「支配欲、だっけ?」 「う、ん」  同じことを思ってくれた? 大きな掌でうなじを掴んで引き寄せて、耳元に久瀬さんの唇が触れる。ただそれだけで、ゾクッてした。 「もう、疲れた? クロ」 「ぁ、へ……き」  さっき、疲れたって言ったけど。 「疲れて、ない」  そう小さな声で答えた俺に、久瀬さんが、低い声で、「抱いてもいい?」なんて訊くから、とろりと、何かがその瞬間に蕩けてしまった。 「あっ、ンっ……久瀬、さんっ」  どんなふうに抱かれたいって、久瀬さんに言われて、なんか、今日はさ、気分的にすごくされたかったんだ。  ――いやらしいのがいい。  そんな気分だったんだ。  今、リビングに、ぐちゅ、ずちゅって、やらしい音がしてる。ベッドはすぐそこにあるのに、わざわざ、窓をカーテン開いたまま、ソファで目一杯、股を広げてセックスしてる。自分で自分の腿を抱えるようにしながら、久瀬さんの指とセックスしてる。  でも、見えない。目隠しされてて、見えない。  だから、音が、中で感じる感触が、やたらと鮮明でたまらないんだ。震えるほど感じて、悦がってしまう。 「あぁぁっン」  さっき、たくさん舐めてしゃぶって濡らした中指と人差し指で、ずぼずぼってされながら、乳首を噛まれて、喉奥が熱くなった。  ペニス、触ってもらってないのに。 「あ、ン……久瀬、さんっ」  もうイきそう。 「あ、あぁっ、ン、久瀬さんっ」  ブルリと震えて、ペニスの根元よりもずっと奥、俺の知らない場所から久瀬さんの指に押し上げられた気持ちイイのがじわりじわりって込み上げて来て。 「あ、ン」  もう、イく。  きっとイく。 「あっ……ン、や、なんで……っ」  なのに、指を抜かれて、孔が、身体が久瀬さん欲しさにおかしくなりそう。見えないけど、でもそこにいるでしょ? あんたの体温を感じる。ずっと寝たフリをして一晩中感じてた、俺よりあったかい貴方の体温がすぐそこにあるのわかるのに。 「久瀬さんっ、お願い、早く、挿れ、てっ」  抱いて欲しくて仕方ない。だから、一生懸命に身体を開いて、甘い声で啼いてみせた。 「あっ!」  そして、次の孔に触れたのは指じゃなくて。 「あ、あぁ、ああああああっ」  久瀬さんのペニスで、それを挿れられただけで。 「あっ……ンっ」 「クロ」 「ン、ぁ、気持ちイイ」  触られてないのに射精しちゃうくらい。だってさ。 「久瀬さん、ゴムしてないっ」 「っ」 「嬉しい」 「支配、欲、ってやつだ」 「あっ、あっン」  ずりゅ、ぐちゅ、ずちゅって、ほら、久瀬さんの息遣いと一緒にやらしい生の音。嬉しくて孔が貴方を締め付けるから、音がもっと卑猥になった。 「あ、ン、久瀬さんっ、キス」  その音がもっとやらしくなる。激しくて、深くて、強く響く濡れた音に喘ぎながら、キスもしたくて首を傾げた。  唇に触れるさっき白いタバコの紫煙にも似た吐息を探して。孔に突き立てられる、あんたのペニスの形に甘い声上げて、触って欲しいってうずく乳首に身悶えながら。 「あ、あぁっ……ン、ぁ、あっ、ン、そこ、イっく」 「クロ」 「あ、あ、また、イくっ久瀬、さんっ」  名前を呼んだら、目隠しを取ってくれた。  そして、目に飛び込んでくるやらしいセックス。それと俺とセックスしている久瀬さん。膝立ちになって、俺の奥にある孔にペニスを突き入れて、引いて、もっと深くまで入れてくれるのが丸見えで、興奮する。 「あ、ン、早く、欲しい」 「っ」 「久瀬さん、の、早く、中、欲しい」  一生懸命舌を伸ばして主のくれるものを欲しがる黒猫。 「クロ」 「あっン、ぁ、あっイくっ、ぁ、イくっ、ああああああ!」  どっちが支配されてんだかなって、笑って、黒猫の中にたくさん、苦くて、白い欠片を注ぎ込んでくれた。

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