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第31話 彼は僕のもの
なんか、昨夜のセックス、すごかった……なぁ、なんて。
――クロ、出すぞっ。
ソファでさ、生で、あの人が何度も俺の中で射精した。苦しそうなしかめっ面も、低く呻くように呼ぶ声も、あと、脚を開かせ、抉じ開けるために膝を鷲掴みにする手の大きさと強さも。
なんか、すごく、やらしくて、おかしくなりそうだった。
――舌、出して、クロ。
中でドクドク吐き出しながら、あの人が背中を丸めて、キスで乱れた呼吸も注ぎ込んでくれた。
舌を絡ませて唾液でびしょ濡れになった唇が離れた瞬間、気持ち良さそうに目を細めた顔、とか、さ。
久瀬さん、すごく気持ち良さそうだった。
俺の身体があの人にあんな顔、させた、のかと思うと、すごく……。
「すごく色っぽい顔して」
「!」
「昨夜のセックスでも思い出してた?」
「っ!」
「見えてるよ、ここに」
菅尾さんが笑いながら自分の襟首の辺りを指差した。一時帰国のはずなのに、この人は暇なのだろうか。また来てるし。
「色っぽいね、そんなところに印をつけられた君も」
――支配欲、だっけ?
あぁ、久瀬さん、つけてくれたんだ。
俺が誰の飼い猫なのかって印をここに付けておいてくれた。全然気がつかなかったけど。昨日のセックスはクラクラしてたから。あの人に攻め立てられてることに夢中になりすぎてたから、首筋にキスマークをくれたこと、わからなかった。シャワーの時も、あの人はきっとそれを隠したかったんだろう。鏡に映って見えてしまわないようにと思ったのか。身体を拭いてくれたり、なんか、たくさん世話してもらってた。
「なんだ、恥ずかしがるとこを見て萌えようかと思ったのに」
「? 恥ずかしくないですよ? 俺、あの人のものだから」
「……へ、ぇ……君を独り占めできる男は幸せだね」
「男だと、思うんですか?」
女性とセックスしたって、ここに印のひとつくらい付けられることもあるだろうに、この人は、俺が男に、久瀬さんに抱かれてるという前提で話してる。
「あぁ、思うよ」
どうして?
「……それって」
どこが? アキさんみたいに細いのならわかるけれど、俺、これでも元アスリートだよ。重いし、身体は筋肉質で硬い。どこにも抱かれてそうな感じはないでしょう?
「見ればわかる。男に抱かれてる身体だ」
「……」
「どこがどうって訊きたい? 訊きたかったら」
「いえ」
即答でそう答えると残念そうに肩を竦めた。
「ご注文は? ワイン、赤ですか?」
菅尾さんに注文されたワインを探す。昨日、呆れてしまうほど注文してたから、もういくつか覚えてた。ワインバーじゃないんだ。何十、何百っていう量があるわけじゃない。だから、そんなに迷うことなく、スッとオーダーされたものをグラスに注ぐとまたつまらなそうに肩を竦めた。
きっと、あの人、暇なんだと思うよ。
開店から閉店までの数時間、ずっと俺みたいなのをからかってるんだから、相当な暇人だ。だって、そうだろ? 見込みゼロの可愛げのない奴に、一時帰国の貴重な時間をわざわざ費やすことなんてない。そして、ずっと居座りすぎてアキさん含め、他のキャストさんになかば強制的にアフター連れて行かれてるし。ああいうのお金の無駄遣いじゃないの?
アキさんはきっと俺と久瀬さんのためにって、邪魔しないようにって、連れて行ってくれたんだ。
「! 久瀬さん!」
帰りは久瀬さんが迎えに来てくれるから。
「……お疲れ」
けど、ビルの中までは来ないのに。なんで、今日は来てくれたの? 昨日までは店の入っているビルのエントランスの辺りで、ガードレールに腰掛けて待っていてくれた。店は他の飲み屋やバーと一緒に複合のビル施設に入っているんだけど、店を出てすぐのところ、観葉植物に隠れているけれど、チャコールグレーのコートの裾が見えていた。それぞれのバーもほとんど閉店間際の時間帯はもうけっこう静かでさ。その中、ぽつんって、立っていた。思わず駆け寄ると、くしゃっと笑ってくれる。
「帰るか」
「……」
もしかして、それも、支配欲?
昨日、菅尾さんにちょっかい出されたって話したから?
「あ、ねっ、久瀬さんっ」
「んー?」
「印! ありがとっ! ここ、付けてくれたでしょ?」
コートごと、中のロンTも手で引っ張って下げて首筋を晒す。指摘された後自分でもトイレの鏡で見つけたよ。真っ赤な後がうなじのところ、ちょっと高い位置にしっかり刻まれてた。
久瀬さんの唇が触れたっていう痕がここに。
「いつ付けたの? 俺、昨日、ちっとも気がつかなかった、っ……ン、んっ……ん、ふっ」
あんたがくれた、支配欲の印がたまらなく嬉しくて、鏡の前に立つ度にそこを見つめてしまうくらいだったんだ。何度も何度も見て、途中、アキさんと仲が良くて、久瀬さんのことも微妙に知ってるキャストさんに、嬉しそうにしちゃって可愛いわねって、ドスの効いた声でからかわれたくらい。
嬉しくて、嬉しくて、飛び跳ねるように、その印を付けてくれた久瀬さんにも嬉しさを隠せなくて。
「ンっ……ン、くぜ、さっ……ぁ、ふっ、ン」
そしたら、抱きしめられて、深いキスで言葉を遮られた。
「ン……」
唇が離れた瞬間、喉が鳴るような濡れたキス。
「はぁ……」
「久瀬さん?」
「良い大人が何してんだかな」
額で触れ合って、溜め息すらくすぐったくなるほどきつく抱きしめられたまま。
「久瀬さん?」
「独占欲なんてな。かっこわりぃ」
「……」
「今日だって、店のところまで迎えにきたりして、ホント、何やっ、……っ」
今度は俺が久瀬さんが話すのを邪魔した。
キスで塞いで、止まったら、少しだけ唇を離す。
「嬉しかった」
「……」
「キスマークも、こうして迎えに来てくれたのも、嬉しいよ」
また、して欲しいって、首を傾げて、ねだるようにまたキスをする。
大きく口を開けて、愛しい人の舌にしゃぶりつきながら、たまに息継ぎをしないと、溺れてしまいそうな甘いキスを。
「ン、久瀬、しゃっ……ン」
舌にしゃぶりつきながら、名前を呼ぶ。
濡れた音が静かになってきたバーの並ぶ廊下に、やたらと響いて、ゾクゾクした。並んでる扉の向こうにはまだ人がいるのに。こんなところで、こんなキスをしたりしてさ。
「ンっ」
見てるかもしれないのに。
でも、見せてるんだ。この人は俺だけの主って、俺だけのものなんだって、見せ付けるように、濡れた舌をまた、絡ませた。
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