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第34話 ラブに決ってるじゃない

 クリスマスパーティー、うちでじゃなくて、アキさんのいる女装バーでの、その場にも菅尾さんは来なかった。もう海外行っちゃったのかもって、アキさんは笑って、「バイバーイ」と音沙汰無しの菅尾さんへとあさっての方向に向けて手を振っていた。  バイトは今日まで。クリスマスのかき入れ時までってことになっている。  これが終わったら、バイトの後、せっかくのイブなんだ、どこか行きたいか? って久瀬さんに訊かれた。  俺は、行かない、と答えた。  ただ、久瀬さんと一緒にいたいと、言った。  そしたら、あの人は、じゃあ、今年のプレゼントはなし、だな。お互いにって。俺の髪をくしゃくしゃにしながらキスをして、笑ってたけど。  けど、ずっと考えてる。俺があの人にあげられるものを。何が欲しいだろう。あの人は何をプレゼントされたら喜ぶだろうって。時計、香水、ネクタイ。どれもこれもあの家の人間が好みそうなものばかりを思いつく自分が本当にイヤで。そうじゃなくて、もっと違うんだ。あの人が喜びそうなものって、そんな「物」じゃない。もっと。 「クロちゃん」 「ぁ、はい。テーブルリセット、すんません。今、してきます」 「違うの違うの」 「?」  カウンターの外に出たところで、キャストの中でもベテランの方が慌てて俺を引きとめた。 「リセットじゃなくて、今日はもう上がりよ」 「……ぇ? けど」 「私たちからクロちゃんにクリスマスプレゼント」  渡されたのはテーブルを拭く布巾じゃなくて、俺のコートだった。 「たくさん、ありがとね。クロちゃん」 「……」 「働き者で、頑張り屋でイケメン! んもおおお、皆のオアシスだったんだからねっ!」 「……」 「クリスマス、めーいっぱい、楽しみなさいよ」  クリスマスなんて、これっぽっちも好きじゃなかった。辟易とさえしていた。けど、似合う似合わないに個人差はあるけど、可愛い激ミニサンタコスをしているキャストさんからもらってしまった。とても嬉しいクリスマスプレゼント。 「あ、ありがとうございます」 「走って転ばないようにねー」 「はいっ!」  コートをそのまま手に持って、お客さんとそれにキャストの皆に手を振って見送られた。 「ああああ! クロたん! 待って待って!」 「ぇ、アキさん?」 「これ!」 「?」  ぐいって押し付けられたのは小さな包みだった。和紙の袋に入ってて、口のところを緑と赤のリボンで結んであるプレゼント。 「あー! 今、開けちゃダメ! うちで、成と一緒に開けて? ね?」 「? はい」 「絶対よ?」 「は、い?」  何、これ。軽いよ。いや、重いからってなんなのかわかるわけじゃないけど、でも、なんだろう。いぶかしげに見ている俺に、もうそれ以上詮索するなといわんばかりに、アキさんがその綺麗にリボンもしてもらったプレゼントを俺のコートのポケットに押し込んだ。もらった俺はびっくりしてしまうけど、そのくらい雑にしてもまぁ大丈夫なんだろう物で、軽くて。 「ほら、早く! 成んとこに帰りな」 「あ、はい! あ! あのっ」 「なぁにぃ? 早く早く!」 「あのっ、久瀬さんって、何をプレゼントされたら喜びますか?」  時計じゃなくて、香水じゃなくて、ネクタイじゃなくて。 「その、今更なんだけど、ホント、思いつかなくて」  クリスマスは楽しい日、だと思えなかった自分が生まれて初めてクリスマスをしたいって思ったけど、わからないんだ。どうしたらいいのか。 「そんなの……」 「はい」  楽しみな一日。プレゼントを持ち寄って、豪華なディナーに、美味しいワイン。それから? あとは? 「そんなの、ラブに決ってるじゃない」 「……え」 「もっと詳しく言うのなら、クロたんと過ごすラブでスイートな時間に決ってるじゃない。あいつ、あの見た目で一応恋愛小説家よ? ケーキでも食べながら、大好きって言ってやれば、ぽわーって、のぼせて」 「……」 「十回はイっちゃうわよ」  思わず笑っちゃったじゃん。アキさん。 「ほら、早くラブをプレゼントしてあげなさいよ」 「あ、あのっ」 「なぁにぃ? まだあんの?」 「あのっ」  俺はアキさんが嫌いだった。甘い匂いは具合が悪くなるから近くに来て欲しくもなかった。けど、今、あの甘い香水はこれっぽっちも気にならない。 「ありがとうございます! 俺、アキさん、好きです」 「あら、もう少し頑張って落とせばよかったわ」 「それは、無理ですけど」  思いっきりブーイングをされた。どこの居酒屋もバーも今日はクリスマスパーティーなんだろう。扉の向こうの賑やかな声が古びたビルの廊下によく響いてる。  俺は一礼をして、走った。  久瀬さんとクリスマスをするために、走って、うちに、帰っていった。  あぁ、恥ずかしい。何、そんな焦ってんだろ。ホント、恥ずかしい。 「あれ? クロ?」 「!」  久瀬さんがいつものとおり、俺を迎えに行こうと歩いてるところに遭遇した。 「早かったんだな。さては店が今日は閑古鳥でも鳴いてたか?」  違う。もっと早くに終わったんだ。もっと早くに帰れたんだ。あんたをこの寒空の下歩かせることなく、もっとずっと早い時間に帰れたのに。  俺は本当にバカだ。言ってたじゃん。久瀬さんが、クリスマスケーキは予約してないから、チキンとワインでって。それはいらないって意味じゃなくて、買えないからって意味だったんだ。もう当日になんて、しかも夜遅くになんてどこもケーキは売れ残ってないから、ケーキはそもそも無しっていう意味だったのに。 「クロ?」 「……」 「どうかしたか?」  キャストの皆にせっかく早く帰らせてもらったのに、久瀬さんがチキンとワインでいいって言っててくれたのに、ケーキ探して結局この時間だ。 「クロ、どうした?」 「……久瀬さ」 「おい、どうした、これ」  バカ者な俺を笑うみたいに、冷たい風がぴゅっと吹いて、前髪が揺れた。 「クロっ」 「……ぶつけた」 「は?」  ケーキ買おうと思ったんだ。けどどこにもなくて、それを探して歩き回ってたら。見つけたんだけどさ。もう残りわずかで、時間もすごい過ぎちゃってて、早くしないと遅くなるって慌てて。 「注文する時、ガラスに思いっきりぶつけた」 「……」 「最後の一個っぽく見えてさ。急いで駆け寄って、その勢いごと」  大激突。 「それ」 「……」  すごい音だった。そんで店員さんが、すっごいびっくりしてた。そりゃそうだ。夜閉店間際、男が突然駆け寄ってガラスに激突して、これください! なんて大きな声で言うんだから。  俺、あんなに大きな声を知らない人の前で出したのも、あんな激突したのも、ケーキをこんなに必死になって探したのも生まれて初めてだったよ。 「っぷ、っ……あはははははは」  ホント、大笑いだ。 「お前はさぁ」 「うん」 「本当に、可愛いな」 「はっ? ちょ、あのっ」  ぎゅーって、された。息もできなくらい、きつく、強く抱きしめられながら、耳元で、鼓膜おかしくなっちゃうよってくらいに大笑いされる。 「ありがとな」 「……」 「クロ」  笑ってよ。バカなんだ。あんたに何を買ってあげたらいいのかわからなくて、空回りばっかりしている、なんも知らない大バカなんだ。 「好きだよ。クロ」 「久瀬さん」  ――ラブに決ってるじゃない。 「お前が大好きだ」  ふと空を見たら、時間も遅くて明かりが少ないから、それに、もううちの近くだから、星がけっこう見えた。寒いけれど、でも、この時間帯だったから見れたって、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しく、なれた。

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