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第42話 俺の黒猫

 俺の名前はクロだよ。  そう言った自分の声が震えている。 「あぁ、クロだ」 「ぁ、久瀬さんっ」  重なった手、絡まるように触れてくれた指に必死になってしがみついた。 「櫻宮稜」 「っ!」  その名前をすぐ後ろ、うなじに触れる唇が囁いて、心臓が壊れるかと思った。 「な、んで、それ」 「知ってたよ」 「あ、久瀬さ、っぁ、なんで」 「でも、お前は俺のクロだ」 「ぁ、あああっ」  圧し掛かられて、身動きのできない俺はうなじにキスマークがつけられながら、混乱した。  なんで、知って? 俺の名前。 「クロ」  櫻宮って、なんで。 「クロ」  知ってて、なんで、突き放さないんだよ。 「ぁ、あっ」  久瀬さんの長い指がぎゅっと俺の指を離さず掴んでくれた。痛いほど、握ってくれる。 「櫻宮稜、クライミングの選手、二十二歳、だったか? たしか、そうだった。高校生の頃だったか、何気なしに始めたクライミングで思わぬ才能が開花し、そのまま驚異的な成長を見せ、瞬く間にオリンピック選手に。けど、肩の負傷で戦線離脱、その後、復帰のめどは立っていない」 「……ぁ」 「でも、お前は、俺のクロだ」  なんで、この人、知ってるのに。 「クロ」 「っ」  知ってて、なんで、離さずに掴んでくれてるの。ねぇ、俺は、貴方の大事なものを。 「お前は、俺の大事な、クロだよ」 「っ」  貴方の大事なものを。 「久瀬、さんっ」  手に、指に、しがみつきながら、身じろぐと、一瞬だけ、久瀬さんが身体をずらしてくれた。  顔、見たいよ。 「久瀬さんっ」 「あぁ」 「久瀬、さんっ!」  なんだよ。貴方の顔が見たいのに、ちっとも見えない。なんで、こんな目の前全部が水の中みたいに揺れてるんだ。貴方に、もっとぎゅっとしがみついてないと、今、どんな顔をしているのか、全然見えないよ。 「久瀬さんっ、俺っ」 「お前は、俺の大切な、黒猫だ。名前は、クロ」 「っ」 「冬の夜中、ぺらっぺらの服だけで、寒そうに丸まってうずくまっていたところを、俺が拾ったんだ」  見えないから、額をくっつけて、誰よりも近くで愛しい人の顔を見た。 「拾ったその黒猫に、俺は、クロって名前をつけて、やたらと可愛がってる」 「っ」  愛しいその人の声が震えていた。 「少しマイペースでおおらかなその黒猫は、俺のことが大好きで」  繋いだ手はあったかくて、少し必死そうだ。 「呼ぶと嬉しそうな顔をするのがたまらなくて」  やっぱり少しだけ俺より体温が高い。 「いつも名前を呼んでは顎のところを撫でてやってる」  この人は、俺の。 「甘ったれで健気なんだ。知ってるか? 俺が一緒に暮らしているのはそんな黒猫だ」  俺の飼い主で、恋愛小説家で、そして、俺の恋人だ。 「お前は俺の可愛いクロだよ」  最愛の人はそう言って、くしゃっと笑い、甘く優しいキスをしてくれた。 「や、ぁっ」  ぐちゅり、って、ひどく卑猥な音がして眩暈がした。孔はもう柔らかく濡れているのに、久瀬さんの指はそこを掻き混ぜとろけさせる。  二本の指で割り広げられて、思わず手を伸ばした。  掴んだ指が濡れてる。トロトロと中から溢れて零れた久瀬さん自身のが、その指を濡らしてる。 「ぁ、やだっ、久瀬さんっ」 「お前の口から、初めて、やだ、って聞いたな」 「ぁ、あっ……ン、や、だっ……掻き出さない、で」  ずちゅぐちゅ、って、やだ。俺の中から、貴方の欠片を掻き出してしまわないで。 「や、ぁっ……お願いっ」  だから、その指を邪魔するように自分で孔に触れる。自分の指で孔を隠して、さっきたくさん射精してもらった白を慌てて閉じ込めた。 「やだ、これ、俺の」 「……お前ねぇ」 「あっ、ン」  指が抜けた。そして、その濡れた指で膝を掴まれて、脚を大胆に開かされる。 「わがまま猫」 「ぁ、久瀬さっ」  ぞくって、今からたくさんもらえるだろう快楽を予感した身体が震えた。まだ貫かれてないのに、早く早くってせがむ口がやらしい?  貴方のことを欲しがってるのが、見える? 「またいくらでも注いでやるから」  甘えて、やらしおねだりしてる。  俺の奥までいっぱいにして。熱いのが溢れるくらいに、俺の中で気持ちよくなって。 「いくらでも欲しがれ」 「ぁ、あっ、あああああっ!」  重い衝撃を身体の中心に与えられた。奥まで一気に。 「あっ……ぁっ……ン」  愛しい主でいっぱいになった身体を仰け反らせて、射精してた。 「クロ」  胸にまで飛び散った俺のを舐めてくれるこの人の長い髪に触れながら、恋しさと、嬉しさと、温かさに、また泣きそうになる。  喉を逸らせて喘げば、久瀬さんの唇がそこに印をつけてくれる。首輪みたいに、俺は誰の飼い猫なのかって、一目瞭然でわかるように。他の人間は触れることも許さないって、その印を刻み付けられて、孔が、ペニスにしゃぶりつく。 「あ、ぁ、ン」  ズン、ズン、って深く、強く、ペニスを突き立てられると気持ち良くて、たまらなくて、背中にしがみついた指が爪を立ててしまう。 「あぁっン」 「お前の爪、痛くて、最高だ」  ゾクゾクするって言いながら、首筋に噛み付かれた。呼吸を乱しながら、揺さぶってくれる久瀬さんの背中に、俺の痕。ずっと見てた、あの背中に、俺の主っていう印を刻んだ。 「悦ぶなよ」 「や、ぁっ……ン」 「気持ち、いいか?」  コクコク頷きながら、爪先を丸めて、狂おしく攻め立てる久瀬さんの腰に脚でしなやかにしがみつく。  俺は、わがままな黒猫だから。 「ぁ、久瀬さん、奥、たくさん、突いて、欲しい」  貴方が俺の中で気持ち良さそうにイく時の顔が見たくて、涙で濡れても見えるように、尻尾みたいに腕で引き寄せて。 「あ、ぁっあぁっ……ン」  甘くやらしい声で、たくさん、啼いていた。貴方に抱かれて、喉を鳴らして、悦んでいた。

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