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第48話 何気ない朝
久瀬さんとセックスしたり、甘い時間を過ごすのはすごく好きだ。蕩けそうになる。
「ねぇ、久瀬さん! 洗濯物するんだってばっ」
「あー……」
「起、き、てっ」
でも、こういう日常も好きだって思う。普通の、何気ない会話も、くすぐったくて楽しくて、好きなんだ。
もぉ、起きて欲しいんですがって、溜め息混じりにベッドの脇に立ちふさがる俺をチラッと見てから、寝返りを打って知らんフリをすることにしたらしい。長い黒髪がぐーたら久瀬さんの寝顔を隠してた。
「ほら、早くしないと洗濯物乾かないってば」
「んー……シーツなら、俺が洗っただろ」
知ってる。俺、ちょっとイきすぎたよね。シーツぐしょぐしょにするくらいだったから、腰砕けになって俺の代わりに全部やってくれた久瀬さんは、本日、バトンタッチしたかのごとく、ベッドに沈んだまま。
「毛布も洗うんだってば」
「あー、ったく」
「ぅわっ!」
強引に腕を引っ張られた。ベッドに引き込まれて、乗っかられる。でも、重くも痛くもない。貴方の掌が頭を打たないようにって、ダルがってたくせにしっかり受け止めてくれたから。そして、押し潰してしまわないように、身体を少しズラしてくれる。
「お前、二日酔いは?」
「ない、かな。二日酔いって、頭が痛くなったりするやつでしょ?」
それは大丈夫。身体に残っているのは一晩たくさん可愛がられた余韻くらい。だから、甘くて幸せな気だるさだけだよ。
「久瀬さんは?」
頬に手を伸ばすと、その口元が穏やかに緩んだ。
「まぁ、二日酔いだな」
「え? 平気? 何? どうすればいいの? 薬とか?」
「そうだなぁ」
なったことないし、あの家の人間にそんな怠惰は許されなかったから、対処法なんて知らない。風邪なら風邪薬、傷には消毒、二日酔いには、どうしたらいいのかわからない。
額を撫でても熱があるわけじゃないんだし。大学の教室でたまに二日酔いの学生がいたけど、机に突っ伏して寝てるだけだった。
どうしたら。
「もう少し寝てれば、治るかな」
「ぁっ……ン、久瀬さんっ」
「頭痛いんだよ」
「あっ、頭痛いわりには力ある、ねっ、ぁっ」
首筋吸われるのダメだってば。それ、スイッチが入る。昨日いっぱい中に出してもらった奥がきゅんきゅんって貴方を欲しがり始めてしまう。まだ、洗濯物干して、あと、買い物だってしないといけないのに。
飼い猫クロは主の仕事の邪魔はしないでいい子に待ってられるのに、主が飼い猫の邪魔したらダメじゃん。
「あぁ……ン、久瀬さんっ、乳首っ」
「んー?」
はぐらかしながら、首筋にキスを、指先で乳首を可愛がってる。コリコリにすぐなるように躾の行き届いた小さな粒はその指に押し潰されただけで気持ち良さそうに反応してた。
「あ、ぁっ」
俺の身体がセックスしたいって切なげに火照り始める。
「ぁ、久瀬さっ」
このまま我慢するのを止めてしまおうかなって思ったところだった。
ブブブ、って、スマホの振動音が邪魔をする。久瀬さんのスマホがきっと昨日の夜、酔っ払いながらの帰宅で床に転がったんだろう。ラグの上で発見してくれーって一生懸命に騒いでた。
「久瀬さん、電話」
「……」
「電話だってばっ」
出版社さんからかもしれないとその肩を押すと、渋い表情を浮かべながら、長い髪をかき上げる。
そう、出版社さんだったら仕事のことだから、って正月早々そういうのがあるかわからないけど。でも着信を見れば誰からかわかるから、画面を見て、久瀬さんの表情が更に渋くなった。
「……はい」
相手、誰だろう。
「……おりません」
おりませんって、電話出ちゃったじゃん。
「……はぁ」
そんな大袈裟な溜め息は相手に。
「クロ、お前にだ。アキから」
「……俺?」
失礼だよって思ったけれど、相手が誰なのかわかったら、あぁと納得してしまった。
「ごめんねー!」
「いえ、全然」
俺がバイトをしていた後、ボーイで雇った子が突然の出社拒否。で、新しい子が今日から来るんだけど、引き継ぎしようにも、今日はお客さんを招待しての新年パーティーだから、レクチャーしている暇がない。で、まだ正月のまったりしている中申し訳ないけれど、って、俺に緊急要請がかかった。
「助かるわー、それにクロたん、大人気なのよ!」
懐かしい感じがした。ここで臨時バイトとして雇われてたのは、ほんの一週間前くらいのことなのに、なんだかすごく懐かしかった。
「クロ、たん、でいい??」
ほんの一週間だけなのに。年が変わったから?
「あの、クロたんって呼んでいいの?」
「もちろん」
もう素性とか全部隠すことがなくなったから、かな。
でも、何も変わらない。アキさんもこのお店の人も前と同じように接してくれる。俺は、クロのまま。
「よかったぁ! 明けましておめでとうございます。クロたん」
「あ、こちらこそ、明けましておめでとうございます。本年も」
宜しくお願いしますって、していいんだと口元が自然に緩んだ。顔を上げると、アキさんも嬉しそうだった。
「あらぁ、姫始めは順調に済んだのね」
「? 姫?」
ふふって笑い、姫始めの意味と、どうして気がついたのかをうなじを指差して教えてくれた。
「あらぁ、たくさんありそうね」
「ちょ! アキさん!」
「だってぇ、狼と交尾でもしたみたいに、うなじのことガブガブされてんだもーん」
「こ、これは!」
そう、それは、昨日のじゃなくて、数時間前のやつだ。朝、二日酔いでグーたらしたい久瀬さんと洗面所で、ガタガタ動いてた洗濯機にしがみつきながらした前戯の噛み痕。毛布を奪われて寒いからなんて、子どもみたいなことを呟いて、子どもはしないことをした。
――あ、あぁっ……ン、やだっ、久瀬さん、挿れてってばっ。
意地悪された。
――ダメ。昨日いっぱいしただろ? 中出し。
――ぁンっ、だって、欲しい、よっ。
意地悪だ。
素股だった。乳首いじられて、ガタガタ揺れる洗濯機にしがみついて、欲しがる孔にはペニスを擦り付けられるだけなんて。
――また、夜にな。
そういって、射精を促すように、きつく、うなじを噛まれたんだ。
「っ」
「あ、あー、クロたん? そういう顔、あんまり人前でしちゃダメよ?」
「へ?」
噛まれた痕を隠しながら顔をあげたら、アキさんが、あのアキさんが真っ赤になってた。俺? 俺、なんか、おかしかった? 今、すごいおかしな顔をしてた?
「そのね……お正月にはちょっと刺激が」
「え? あの、刺激って」
「ちわーす! 今日からここでお世話になる、谷聖司(たにせいじ)です!」
まるでクラッカーみたいだった。バーンと大きな音を立てて開いた扉、大きな弾むような声、それと明るい金色のメッシュが入った髪色。
今日、俺が教えることになっている新しいボーイのアルバイト。
「ぁ……うわ、同類さんだ」
その彼が、目を輝かせ、華やかに笑いながら、俺の目の前に出現した。同類さん、俺を見てそう言っていた。
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