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第56話 大事なファン
一日、といっても、実際には半日だけれど、聖司君にレクチャーとヘルプをしながら、ずっと、開店前、アキさんと話していて掴みかけたものを手探りで探していた。
結局、あの時、感じた「掴めそうなもの」は逃してしまって、わからずじまいだけれど。
「あの、店長、俺、先に上がります。聖司君はもう閉店手順は大丈夫だと思うので」
店長は人の良さそうな五十代の男性だ。少し丸みのある輪郭といつも笑顔だからか、キャストの皆にも「ちゃん」付けで呼ばれてるような人。
その店長がパソコン画面からこっちへと視線を移し、いつもみたいにふわりと微笑んだ。しっかり丁寧にお辞儀をして、お疲れ様ですと声をかけてくれる。
「あ! クロさん!」
この人は、このお店をやりたくて、やっている人なんだろうなぁって、そう思えた。
――もし、可能であればうちの店はいつまででもいてもらってかまいません。お客さんの評判も良いし、キャストの皆も貴方のことを好きですから。でも、もしも。
「……」
もしも、転職活動をするのであれば、そちらを最優先にしてください、って、そう言われた。聖司君はまだ危なっかしいけれど、一人でも大丈夫だろうって。お店のほうも2月のイベント、節分とバレンタインまでの間は少し落ち着くだろうしって。
「……はぁ」
ひとつ溜め息をつくと、目の前に白い空気がふわりと広がる。
転職、活動かぁって、考えて、そしてまた目の前がふわりと白くなった。
「えー! すごいです! 小説書けるって本当にすごいです!」
聖司君はカウンターの中にいなかったけど、どこか清掃をしているんだろうと思ってた。上がるからって一言伝えてあったし、そのまま店を出てきてしまったんだけど。
「あー、いや、そうでもないだろ。今、ネット小説とかでもすごい文章書ける人いるからねぇ」
「いやいや! そんなことないですって! プロはやっぱ全然違ってます! やっぱ、日々研究とかされてるんですか?」
その聖司君が、店の外にいた。そして、久瀬さんが俺の上がる時間だから迎えに来てくれている。
久瀬さんはそんなに日々研究してないよ。映画でもなんでも、恋愛からかけ離れたものをいつも見たり読んだりしてるくらいだよ。
「いやー、まぁ、そうね」
「! すごいです!」
なんてこと教えてあげないけれど。久瀬さんのこと言わないけど。
「あと長髪もすっごい似合うーって思って。作家って感じがして、とにかくカッコいいです!」
「あはは、ありがとう」
「久瀬さんっ!」
その人の黒髪は褒めちゃ、ダメ。
「クロ、お疲れ」
「あ、クロさん! もう上がりですか? お疲れ様です」
その人はその黒髪が嫌いだったんだ。褒めて、好きって、言っていいのは、俺だけだよ。
「聖司君、フロアの清掃まだ途中だったでしょ。君が終わらないと店長も店閉められないから」
「あ、はい。すんません」
だから、そこでストップをかけた。
「あ、久瀬さん! 執筆頑張ってください! 新作楽しみにしてます!」
「ありがとう」
久瀬さんにとっては大事なファンだけど。
「……」
本を買ってくれる大事なファン、なんだろうけど。
「クロ」
「!」
「眉間、皺寄ってるぞ」
聖司君がビルの中に戻るのを見届けたところで、久瀬さんが俺のこめかみを指でトンっと押した。俺はその押されたところを掌で覆い隠したけれど、たしかに顔が強張っていた。だって……そんな子どもみたいな溜め息を胸の内にだけ落っことすと、久瀬さんが俺の頭に掌を置いた。
「ごめんなさい……」
貴方の大事なファンなのに。
「ほら、帰るぞ」
俺にとっては、久瀬さんの大事なファン、ってならないんだ。
「あっ、はぁっ……ン」
ぎゅっとシーツを握り締めて、後ろにいる久瀬さんの動きに合わせ、深く腰を沈める。
「あぁっ……ン」
そしたら、久瀬さんのが奥に刺さるみたいに来てくれる。
「クロ」
俺の一番深いとこに、久瀬さんだけが来て、暴いて、抉じ開けて、貫いて欲しい。
「ン、久瀬、さんっ」
名前を呼んでくれたこの人に繋がってるところ以外でも触れたくて、後ろに手を伸ばすと、覆い被さってくれた。背中に乗っかる重みと、シーツを握り締める手に重なる大きな手。
「久瀬さん、キス、欲しっ」
舌を出すと、吸って、しゃぶってくれた。そのまま、身体を限界まで捩りながら、深くしっとりと唇も重ねた。
「久瀬さん……」
この人がカッコいいのなんて、聖司君が思うよりずっと前から知ってた。デビュー前のこの人のことだって知ってる。全部、聖司君よりずっと知ってるんだ。
「久瀬さんは誰よりカッコいいよ」
「どうした? クロ」
「強くてカッコよくて優しい、よ」
「?」
「アキさんが、久瀬さんは恐がりだって」
そう言ってた。けど、そんなことない。久瀬さんは世界一カッコいい人だ。こんなに。
「クロ」
「あっンっ……ぁ、んんんっ、すごっ、ぁ、激しっ」
急にグンって深いところが一気にこの人で埋まる。覆い被さられたまま、深く、奥を何度も突かれて、腰の辺りが熱くて、貫かれる度に聞こえる濡れた音にさえ感じてしまう。
「ン、久瀬さん、もっと」
激しくて、力強くて、すごい、気持ちイイ。
何度も何度も後ろから攻められながら、背中をくねらせて、ペニスを奥にもっと欲しがった。
「あぁぁぁっ」
ずるりと抜けちゃいそうなくらい引かれて、孔の口が必死になって久瀬さんにしがみついたところを、ズンって一気に貫かれた。そしてそのまま、小刻みに内側を擦られて、もうイっちゃいそうになる。
優しい色をした恋愛小説を書くこの人のセックスは同じくらい優しくて甘いけど、でも、すごく激しくて熱いんだ。
「あ、久瀬さんっ、ンっぁ」
覆いかぶさるこの人の長い髪に指を絡めると、くしゃっと笑ってくれる。セックスの時、俺の中で気持ち良さそうにしているこの人に見惚れてると、恥ずかしいんだって、そんなふうに笑うんだ。
聖司君の知らない笑った顔。
「久瀬さん……」
俺だけが知ってる笑顔、唇に頬に瞼にキスをした。そして、その耳朶にもキスをして。
「もっと、して……久瀬さん」
そうおねだりをした。
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