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雨の日イチャイチャ編 5 猫舌

 夏みたいに暑くて、毎日、晴れマーク続きで、カラカラに干からびそうなくらいだったのに。 「あーあ……」  窓の外を見てたら、久瀬さんが隣に立って、溜め息混じりに空を見上げた。その見上げた空には青空と太陽、じゃなくて、どんよりと灰色をした雲が朝からぎっしり広がっていた。  昨日の帰り、クライミングのスタジオを出た時は綺麗なオレンジ色の夕焼け空だったのに。晴れると、思ったのに。外に出る気なんて失せてしまうほどの大雨になった。  ザーザーと道路に落ちる雨の音。それとたまにそのアスファルトに溜まった雨粒を勢いよく散らかす車のタイヤの音。 「こりゃ、買い物も億劫だな」 「……うん」  びしょ濡れだ。車も道も、ごく稀にだけれど歩いている人の足元もきっとびしょびしょ。 「せっかくのオフなのにな」  それなのに、俺だけ、乾いてる。 「……うん」  すごくすごく乾いてるけど、でも、まだ数日なんだ。我慢しないとって思ってから、まだ幾日も経ってない。 「クロ、コーヒー飲むか?」 「あ、うん。っていうか、俺が淹れるよ」 「へーき、オフくらいゆっくりしてろよ」  ねぇ、久瀬さんは、まだ、腹ペコにならない?  俺は、もうペコペコなんだ。  オフ、だよ。この前のオフの時は朝から、たくさんしたのに。昨日の夜は冷しゃぶサラダとチューハイ飲んで、ほろ酔い気分のままいつの間にか寝ちゃった。久瀬さんが楽しみにしてたヨーロッパの画家の特集があって、それを見てる横顔を眺めながら、寝ちゃってた。ソファでゴロ寝だったのに。朝起きたら、俺はベッドの中で、久瀬さんは朝から執筆してた。新作のプロットなんだと思う。紙に書いたりもしてたから。プロットの時はパソコンだったり紙だったり、なんか、色々してる。ちょうど長編を書き上げたばかりだし。タイミング的に、たぶん、プロット。  そういうの大事、でしょ?  物書きさんには、そういうプロットとかってきっと大事なものだろうから、邪魔しないようにしてた。  貴方の飼い猫の俺は主の邪魔にならないようにって、ちゃんとしてたよ。腹、減ってるけど、ニャオニャオ鳴いたりせずに、犬みたいに、「待て」してる。  主の貴方が、くれるまで。  主の貴方の腹も、ペコペコになるまで。 「ほら、クロ」 「ぁ、ありがと」 「……」  おいでって、貴方が飼い猫のことを撫でたくなるまで。。 「お前、髪けっこう伸びたなぁ……前髪、邪魔じゃねぇの?」  淹れてもらったコーヒーを冷まそうと俯いて、ふぅ、って吹いたところだった。たしかに視界に入り込む前髪は少しだけ邪魔、だったけど、でも、別にそこまで気にしてなかった。なのに。 「っ!」  その前髪を久瀬さんの長くて、関節のところだけが少し太くないっている指が触れた途端に、だ。途端に、まるでそこに神経が通ってるみたいに、飛び上がった。久瀬さんが触った前髪のところに神経が通ってて、剥き出しになってるみたいに、痛い、よ。  久瀬さんはちょっとだけ驚いて、触れてくれた指を引っ込めた。こっち、覗かないで。今、俺はきっと、すごい顔が赤くなってる。赤くて、熱くて。 「さてと……昼飯、どうすっかぁ。買い物はしたくねぇから。クロも残念だなぁ」 「え?」 「最近、ジョギングすげぇ頑張ってただろ?」 「……」  違う。俺、それ、頑張ってない。 「この雨じゃな」  そう、この雨じゃ走りに行けない。  ねぇ、まだ? (にゃお……)  どこかで猫の鳴き声が聞こえたような気がする。 (にゃお)  ねぇ、久瀬さん、まだ? まだ、お腹、減らないの  俺、別にトレーニングとかでジョギングしてたわけじゃないよ。ここ数日、急に走ってたのは、ほんのちょっとでもいいから外に逃がしたかったんだ。この身体の中で溜まってく熱いのを。  カラカラに乾いて、疼いて仕方ない身体の火照りを、最近、執筆がひと段落ついて、のんびりしてる主のそばじゃ、抜くのもままならないから。熱を扱き出せない、から。だから、走ってたんだ。でも、今日はそれもできない。 (にゃお……にゃお)  オフ、なのに。  なのに、あんたはしれっとした顔で昼飯のメニューを考えてて、雨の心配をしてて、ちっともなんだ。熱くないの? カラカラに乾いてないの? お腹、さ。 (にゃお)  減ってないの? ペコペコに、まだならない? (にゃお、にゃ、お)  俺はもうペコペコで。 「……久瀬さん」  腹が減って、おかしくなっちゃいそう。 「んー……」 (にゃお……) 「ぁ、ちょっと待ってろ」 「! 久瀬さんっ」  久瀬さんの服の裾を掴んで引っ張って、おねだりをもうしてしまおうと思ったんだ。我慢はもうこれ以上できそうにないから。  なのに、飼い主のである貴方は飼い猫の要求を止めて、一人キッチンへ行ってしまう。いらない。ご飯なんて今はいらない。水じゃない。寝床、じゃない。違う。俺が今欲しいのは、違うもの。 「まぁ……こんくらい、かな」 「久瀬さん?」 「そろそろ、いいだろ。ほら」 「? っ! っ……」  キッチンから戻ってきた久瀬さんが、そう呟いて、俺のコーヒーの中にブラウン色をした正方形を三つ、入れた。三つも、トポン、トポトポンって、入れられた。 「糖分不足だろ?」 「は? あのっ、俺っ」 「何? まだ足りない? もう一個?」 「ちがっ、……んっ、っ、ン」  四つ目は、コーヒーの中じゃなくて、舌先で口の中に押し込まれた。 「んんんっ」  ざりっとした砂糖の粒が久瀬さんの舌と俺の舌の間で溶けて、甘ったるいの原液となってまとわりつく。 「んんっ」  ものすごい、これでもかってくらいの甘さが舌に絡み付いて、喉奥まで甘くなる。 「ンっ、んっ……ン、っ」  熱い。 「満足したか?」 「ぁっ」  熱くて、溶ける。ザリザリと舌の上に擦り付けられた砂利みたいだった砂糖が熱くて溶ける。 「ったく、お前、可愛いなぁ」 「!」 「何? 今度はなんの遊びしてんだ? クロ」 「っ、ぁ、遊びじゃないっ! 俺はっ、だって」 「だって?」  急に甘いのだけ与えられた喉の奥がびっくりしてる。 「だって、あんましすぎると、飽きるんでしょ?」 「……何を?」  意地悪な顔をした。久瀬さんが唇の端を吊り上げて、意地悪な顔をして笑った。 「セッ……ク、ス、その……たくさんしすぎると、飽きちゃうし、やってばっかだと、ダメ、なんでしょ?」  そう、聞いたんだ。だから。 「……なんだっけ? 何をたくさんしすぎると、何に、飽きるんだっけ?」  意地悪だ。俺に今、一番したくてたまらないこと、一番欲しいことを言えって言うんだ。何回でも言えって。 「っ……セックス」 「もう一回」 「っ、セックス」 「……」  今、一番したいことを言わされる。 「セックス、久瀬さんと……したい、よ」  今、一番欲しいことを。 「久瀬さんと、セックス、したい」  主が言えっていった。 「久瀬さんと、したいっ、セ……ン、んっ、んん、ンく、ん、ン」  そしたら、その口をキスで塞がれた。塞がれて、舌が絡まり合う。  熱い。  舌が熱い。俺のカラカラに乾いて火照って仕方ない身体みたいに熱くて、砂糖だけじゃなくて、俺も、トロトロに溶けてしまいそうだった。 「飽きるかよ……ったく」  キスでイってしまいそうなくらい、久瀬さんの舌が熱かった。

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