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雨の日イチャイチャ編 8 主の憂い、猫の喜び

「久瀬さんは……セックスばっかとか、やだったりしないの?」 「は? お前、それを、ほぼ一日中、愛猫とっ捕まえて犯した男に言うかね」 「おかっ!」  犯したようなもんだろうが。そう呟いて、ベッドから起き上がれなくなった俺のこ髪にキスをした。唇が触れて、離れて、キスしてくれた場所を大きな手がくしゃりと撫でた。  犯してって、とてもすごい過激な単語。なのに、久瀬さんが笑うから甘く優しい単語に聞こえる。 「やだと思うか?」 「……」  思わないけれど。イヤイヤでも、付き合ってくれてるんでもなく、久瀬さんは俺を欲しがってくれてるって感じる。聖司君のところで話していた女性は綺麗な人だった。いい香りの香水がよく似合う美人だったのに、そんな人が尽くしたって、ダメになる時がある。それでも久瀬さんは飽きないって言ってくれる。可愛いって、愛でてくれる。 「それより、大丈夫か?」 「?」 「明日、仕事だろ?」  だから、自惚れそう。大事にしてもらって、すごく特別っぽい。 「平気、あ、あのっ」  ベッドの中を陣取っていた俺は久瀬さんの手を掴んで引っ張った。 「あの、我慢、して、た?」 「……」 「もっと、その」 「我慢してたよ、すげぇェェェっ、我慢してた」 「!」  久瀬さんは普段、そう大きな声を出す人じゃない。物静かで、淡々としていている人だから、すごくびっくりした。ぽかんって、見つめてしまうくらい。 「そうじゃなけりゃ、お前がオフの日にずーっと抱いたりしないだろ」 「……」 「それだって、けっこうあれこれ考えるんだぜ?」  一日中セックスしてて呆れられやしないか、とか、部屋から出ずに過ごすことに飽き飽きしてるんじゃないかとか。しつこいとか、やれやれって溜め息混じりだったり。 「まぁ、考えては、お前の俺を呼ぶ時の声に、その考えてたこと吹っ飛んでって、またしばらくしたら……の繰り返しだ」 「おっ、俺、一日中、久瀬さんにしてもらったら嬉しいよ! あと、しつこくなんてない。だって、もっとっていつも思ってるし。溜め息は、ついてない、と、思う……そういう意味での、は」  久瀬さんの手を慌てて掴んでた。 「……あぁ、わかってる」  よかった。わかっててくれる。 「けど、なぁ、お前、よくそんな心配したな」 「?」 「……はぁ」  あ、今、久瀬さんがやれやれって溜め息をついた。 「恋愛小説だと王道すぎていかんのだけどなぁ」  ほら、また、溜め息。 「ギャップ萌えなんて王道に、ド嵌りするとはな」 「ギャッ……プ……?」 「まぁ、猫だもんな」 「? え、どういう……」 「なんでもない」 「ちょ、久瀬さんっ」 「なんでもねー」  なんでもないの? ギャップって、俺? いつ? どこで? 「久瀬さんってば!」 「教えない。今日はもうさすがに我慢すんだよ」 「えっ? 何」 「さて、飯にすっか」  久瀬さんは楽しそうに、そして誤魔化すように何か陽気な歌を口ずさみながらキッチンへと言ってしまう。  外は雨がまだ降っていた。だから洗ったシーツは外に干せなくて、部屋の中を真っ二つに我が物顔で白い妖怪のようなシーツが横断している。狭くて、雨の日に洗濯したシーツ一枚に独占されてしまう小さな部屋だけれど。 「久瀬さん、俺も」 「いいんだよ。お前は」  とても好きなんだ。 「俺の愛猫なんだから」  雨がいくら降っても苦じゃないくらいに、とても好きな、俺の「うち」なんだ。 「ぎゃはははははは」  アキさん、まだ女装の格好なのに足バタつかせて爆笑しすぎ。 「どんだけ、なんすか。クロさん」  聖司君が言ってたのに、なんで、そんな驚いて。 「だって……」 「可愛いだろ? 本当に禁欲するなんて」 「ちょ! 久瀬さんってば」  久瀬さんも自慢気にあけすけなことを店内で言ったらダメだと思う。 「そんでェ? 禁欲何週間なのよ。そーんな、うなじのとごガブガブ噛まれちゃうくらいに激しいオセッセに至るくらい盛り上がるまで」 「うんうん。すげぇ気になる。クロさん、そういうのなさそうなのに」  え? そういうの、なさそう? 俺。 「五日、だったな」  俺の代わりに久瀬さんが答えてくれた。 「……は?」 「……あ?」  前のオフから数えればすぐにわかる。オフがあってたくさんして、その翌日、デートの待ち合わせをここでした時に聞いた話が発端だったから。 「バッカップル! それ一週間ももたないわけ?」 「うわぁ、やっぱ想像つかないんすけど! クロさん!」  想像つかない? の? 俺の何が? 「あ、あの、俺の想像って」 「うわぁ、すごいわぁ。あんた、枯れてると思ったのに男子高校生並みじゃない。でも、まぁ、あんたはなんかムッツリっぽいけど、びっくりなのはクロたんよ! クロたんがねぇ」 「あの、俺の何が想像つかない」 「ホントっすよ。クロさんが……」  だから、一体、俺の何が。 「ぁ、でも納得かも、下半身強い人って強いんだって」 「へぇ、そうなんすか」  二人が妙に納得してた。  俺は慌てて何が? って尋ねたら。 「性欲!」  ひょえ! って思わず声に出た。 「せ、せい、せいよっ……く」 「スケベなのね」 「スケベ、なんすね」  ちょっと、俺って、そう、なのかな。でも、前に付き合ってた彼女にはそういうの淡白なほうだと言われたこともあるくらいなのに。 「あぁ、うちの猫はスケベだぞ」 「久瀬さんっ!」  笑って、そして、久瀬さんと手を繋いだ。アキさんと聖司君が笑って冷やかしてる間、ずっと手を繋いでた。 「なぁ、クロ」 「?」 「…………」 「久瀬さん?」  何? どうしてそんなじっと見てるの? 「そうだ、これ、やる」 「?」 「明日、一日また雨らしいからな」 「……」  手渡されたのは久瀬さんの本。 「!」 「日ごろの感謝を込めて、特別、一名様のみ書店よりも一日早くお届けだ」 「あ、ありがとう。あの! うち帰ったらサインして!」 「はぁ?」 「サイン!」  どんな恋の話なんだろうってワクワクした。あぁ早く明日になって読みたいってドキドキして。  そして、翌日、雨の中、可愛いくて甘い恋のお話にきゅんってして。 「久瀬さん! さ、サインください! あと、これ、この高校生の告白シーン、感動した! あの、あと、途中のすれ違いのところがすごく素敵でっ」  恋に蕩けた俺は久瀬さんに甘えてた。 「あ、ぁっ、あンっ……ぁ、そこ、好きっイくっ……久瀬さん、また、久瀬さんのだけで、俺っ、中が、ぁ」 「なぁ、クロ」 「?」 「たぶん、一生、飽きねぇよ」 「? ぁっんんんっ、深いの、ダメ、おかしく、なるっ」  体位が入れ替わって、押し倒されたら、窓から分厚い雨雲と止む気配のない雨が見えた。今日も一日雨らしい。 「あ、ぁ、あっ、ああああっ」  だから、きっとシーツに今日も部屋を占領されるなぁって思いながら、苦笑いをこぼしながら攻め立てる主人の下で、愛猫の俺は甘い甘い声で鳴いていた。

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