82 / 106

寝てる後ろで……編 5 愛猫の粗相は主の責任です。

「ん……」  目を覚ますと久瀬さんの寝顔があった。 「……」  その久瀬さんの肩越しに見える部屋には、カーテンの隙間から明かりが差し込んでいる。日の感じが弱弱しくないからもう昼近いのかもしれない。 「……やば」  洗濯、しとかないと。真夏ならまだしも秋になったら西向きのうちじゃ昼頃から干したんじゃ乾かないんだ。俺、昨日、シーツもバスタオルもぐちゃぐちゃにしちゃったから、洗濯しないと。  シーツを取り替えたところまではちゃんと覚えてる。それでたくさん中にしてくれたから、掻き出さないとって風呂場に二人で入って――。 『ぁ、ン……久瀬さんの、出ちゃうよ』 『出してるんだろ。腹痛くなるぞ』 『あっ……ン、そこ、ン、ぁ』 『中出しされたの掻き出してやってるだけなのに、気持ち良さそうな顔して』 『ン、だって』 『セックスの準備、じゃなくて、後片付』 『あ、ぁっン……』 『欲しくなった? にゃぁって啼いたら、やってもいい』  もちろん、にゃぁって啼いた。甘ったるくなるように精一杯の猫撫で声を出してみせたし。  それで、もう一回、また可愛がってもらって。  俺はふわふわしたままベッドに久瀬さんが連れて来てくれた。 「……」  洗濯物、干してくれたんだ。  起き上がったら、ベランダでシーツとバスタオルが秋風にはためいているのが見えた。  足元に脱ぎ散らかした服も全部干してある。  愛猫としてあるまじき失態だ。主を働かせて、自分はベッドで寝てたなんて。そう溜め息混じりに久瀬さんのそばをそっとすり抜け、ベッドから降りた足に何が触った。これでもロッククライミングの選手だったし現コーチだからさ、ベッドの上を久瀬さんを起こすことなく抜け出すのなんて簡単だ。そして、着地した足に触れた柔らかいのは、久瀬さんの服だった。家着にしているズボン。  たぶん、セックスする時、気がつかず足で蹴ってとかなのかも。ベッドの下に潜り込んでいたそのズボンが少しだけ、そのベッド下から顔を出していて、ちょうど俺がそれを踏んづけたんだ。 「……」  置いていかれちゃった洗濯物。  それはほんのちょっとした出来心。  久瀬さんのズボンを履いたらどうなるのかなっていう、最近、どうしたって筋肉アップしてしまった自分がまだちゃんと久瀬さんの猫でいられてるかなっていうさ。 「……ぁ」  履いた瞬間から緩かったけど、でも手を放したら、スルリと滑り落ちていってくれた。全部ストンと落っこちる前に手で押さえて、ちゃんとあの人よりも身体が細くて、腰も「激しくしたら壊れそう」な細さを維持できていると確かめて、安堵して。 「なぁに可愛いことしてんだ」 「わっ、ちょっ……っ」  いきなり手を引っ張られて、ストンと落ちかけたズボンに足元を取られて、よろけたところを、久瀬さんが受け止める。  重い、のに。 「久瀬さんっ」  片手で俺のことを簡単に抱き上げて、気がつけば、久瀬さんの腰のところに跨る格好で向かい合わせになってた。もちろん余裕のありすぎるズボンがくちゃくちゃの脱ぎかけ状態。 「何? 俺のズボンだけど? それ」 「! こ、これはっ」 「恋人のズボンを履いて可愛い顔して、誘惑されてる? それともまだ気にしてんのか?」  腰を掴まれて引き寄せられて、下から覗き込むように首を傾げた久瀬さんが目を瞑って笑ってる。 「だって……」 「それで? これは?」 「っ……ン」  視線で差し示されたのは股間のところ。むくりとそこだけ盛り上がってる。  身につけてたのは下着と全然サイズが緩い久瀬さんのズボン、上は裸のままだった俺は乳首に歯を立てられて、ビクンと腰を跳ね上げる。そしてそれを待ってたみたいに久瀬さんの指先に下着をクイッてズリ下げられた。 「ただの朝勃ち? それとも?」 「ちがっ、ぁ、起きた時は、こんなっ」 「へぇ……」  だって、久瀬さんがやらしい、から。 「じゃあ、この勃起してるのは、まだ足りなかったか? 昨日、あんなにしたのに」 「あ、あっ……ン、ぁっ、久瀬、さん」 「セックス、たくさんしただろ?」  だって、久瀬さんが下着をズリ下げて、それを扱くから。前開きのところから取り出すんじゃなくて、わざわざ下着を下げて、俺のを可愛がるから。 「ぁ、ンっ……そこっ」  たくさんつけてもらったキスマークが丸見えで興奮する。昨日、たくさんそこにキスをしてもらったんだと思うと、感じる。 「ンっ、ぁン」 「クロ……」 「ぁ、あ、乳首も、しちゃ、ダメっ、俺っ、ぁっ、もっ、イくっ」 「……」  腰をカクカク動かしながら、大きな掌の中にたくさん擦り付けてた。久瀬さんに乳首を齧られながら。歯でカリカリって硬くなった先のところを引っ掛かれてたまらなくて。 「あ、ぁ、あぁぁっ…………っ!」  あっという間に達してた。 「あっ……はぁっン」  久瀬さんの手の中がドロドロになるくらい。 「はっン……久瀬、さん」 「?」  また貴方の手の中でイかせてもらった。 「あっ! ご、ごめんっ久瀬さんっ、あの、ズボン」  なんで昨日あんなに出したのに。また、こんなはしたないくらいにすぐに火がついて、そしてまた汚してしまった。今度はシーツじゃなくて、バスタオルじゃなくて、あろうことか久瀬さんのっ。 「いいんだよ」 「だって、昨日、洗濯物だって干してもらっちゃって、俺、なんも」 「それでいいんだよ。お前は俺の愛猫なんだから。本来、主は愛猫の世話をせっせとしてやるのが楽しいんだから。愛猫の粗相は主が楽しく片付ける」 「……」 「そんで、愛され猫は愛玩されてるだけで充分」  あんたは優しくて、やらしくて、カッコいい俺のご主人様。 「可愛がられてるだけでいいんだよ」 「でも、俺があんたのためにしたいんだ」 「あぁ」 「世話全部したい。なんでも」 「あぁ」  俺は久瀬さんの、猫。我儘をしてもいい、愛猫。 「なんでも、する。したい」 「……」 「久瀬さんの、これは? 朝勃ち? それとも」  可愛がられてるだけでいいと主が甘やかす、少しばかり寝坊がちで、少しばかりスケベな黒猫。 「あぁ、それは、黒猫が気持ち良さそうに射精する顔がやばいくらいにエロくて勃ったんだ」  少し、じゃないかもしれない。 「なぁ、クロ、触ってくれ」 「ン、んっ……ン」 「……触ってくれって言ったんだぞ?」 「んぶっ……ン」 「……クロ?」  ちょっとだけスケベな。 「ン……久瀬さんの、舐めたい」  貴方の愛猫。 「クーロさん! 身体引き締めるのどうしたらいいか教えてってば」 「え、やだ」 「ケチー、自分ばっか細マッチョとか、すげぇずりい」 「まっ、マッチョ? 俺?」  聖司君が驚くほど、俺はカウンターだって飛び越えられるほどに身を乗り出してそう聞き返した。 「うん。細マッチョじゃん……」 「……」 「え、なんで、そんなショック顔? っていうか、あんな綺麗に割れた腹筋しといて、なんでそこに驚くわけ」 「マッチョ……」  どうしよう。 「クロさん?」 「マッチョ……」 「え? なんで? イヤなの?」 「イヤだよ。もちろん」  だってそれじゃ久瀬さんがどんどん楽しくなくなる。俺を抱くのがどんどん。 「…………クロさんって、スケベで、そんで天然だよね」 「なっ、スケベって」 「いや、まさか、そこわかってないとは……いやぁ、マジか。わかんないないかぁ」 「? 聖司君?」 「いやぁ……そうですか」 「? 聖司君、あの」  久瀬さんにも言われた。自覚して欲しいような、して欲しくないような。そして久瀬さんが俺に何かを自覚させたいのか、させたくないのかは結局どっちになったのかはわからなくて、そのままになってる。 「あのっ聖司君っ!」 「なんでもないっす。こういうのは、本人に聞くのが一番なんで」 「だ、だって、そんな」 「あ! すげぇ! 良いこと思いついた! 簡単に訊ける方法!」 「え! 本当に?」 「えぇ、これならばっちり!」  また身を乗り出そうとしたけれど、聖司君から身を乗り出して、周囲を警戒しながら耳打ちしてくれた。 「いいっすか?」 「うん! ………………っちょ、そ、そんな」 「だーいじょうぶ」  大丈夫じゃない。そんなの絶対に気持ち悪いに決ってる。絶対に、可愛いがってなんてくれない。普通に引く。もしかしたら変態って家を出されるかもしれない。 「そんで、ちゃんと訊けたら。教えてくださいね。エクササイズ」  無理だと思う。だって……いや、やっぱりいくら考えても無理だ。聖司君じゃないんだから、絶対に。 「ほら、クロ帰るぞー。お土産にもらったナッツ忘れるなよ」  絶対に抱いてもらえないと思うんだけど。聖司君の言ったことをやってみたって。  ――今度、女性物の下着つけて夜のお誘いしてみてくださいよ。そしたら、きっとわかるから。 「クーロ」 「う、うんっ」  ――久瀬さんがクロさんのことどんだけ、どんなふうに可愛がってるか、よくわかると思いますよ?

ともだちにシェアしよう!