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無口な猫 2 無口な猫
「クロたんて、無口よね」
「ぇ? ……そ、ですか?」
「うん、すっごく無口」
そう、かな。
「たしかに! クロさんって無口っすよ」
そんなこと、ないと思うんだけど。
「無口でぇ、クールでぇ、カッコよくてぇ、キャー! ステキー!」
「ステキー!」
二人がわざとらしく黄色い悲鳴を上げると、ぎゅっと互いに抱き締めあった。ぺたりとくっ付けたほっぺたがなんか饅頭みたいだなって思って。久瀬さん用に、饅頭を買って帰ろうかなって。
駅前の和菓子屋さん、たしか季節ごとの饅頭を売ってるから。
小説書くのって脳みそフル回転させると思うんだ。だから仕事のお供に、糖分っていいかなって。
今日は臨時でここのスタッフバイトやらせてもらったし、だから、その臨時収入でお酒買って行ってあげようと思ってた。すごい色んな種類のお酒を置いてる酒屋さんがあるんだ。久瀬さんはそこがけっこう気に入ってる。俺は、酒なんてよくわからないから、ただくっ付いて歩いてるだけなんだけど。スペインのワインをそこで勧められて買ったらとても美味しかったって言ってた。ちょうど、そこの真向かいにある和菓子屋さんだから。
「でも、そういう静かで、雰囲気も良く、居心地良くいられるから、いいんだろうねぇ」
「……」
「あいつ、あんまり人をテリトリーに入れない奴だもん、私みたいなのうるさいのはタイプじゃないって前に言ってたっけ、あ! 違うよ? 誰とも長続きしないから、高望みしすぎなんじゃん? って。どんなのがタイプなのかって訊いたことがあってさぁ」
「……」
「クロたんは、と、く、べ、つうううう、なんだろうね」
そんなこと、ない。無口だなんて、思ったことない。
本物の猫は、静かだ。
にゃぁ、って鳴くけれど、犬みたいにワンワン吠えるわけじゃなくて、何か欲しい時だけ鳴く。足音だってしないから、鈴をつけてないとわからない。
無口な動物。
「で? そのダーリンさんはそろそろお迎えに? 最近、忙しそうよね」
「あ……はい」
そう、最近忙しいんだ。仕事の依頼がけっこうあって、この前はコラムを書かないかって依頼が来てた。連載で、テーマはペット。猫がいるって、腕に俺がつけちゃった爪痕を誤魔化すために言ったことがあって、それを聞いた編集さんがコラム書いてみませんかと依頼してくれた。
後ろから、たくさんしてもらって可愛がってもらって、気持ち良くてたまんなかったんだ。たまんなくて引っ掻いてしまった。
けれど、その話はなくなったっぽい。コラムは書いたことがないからって編集さんと話してた。
「おーい、クロ、迎えに来たぞ」
「……ぁ」
久瀬さんがお店の出入り口のところに立っていた。もう三月、カーディガンだと、小説家とは思えない厚い胸板が見てわかるから、ドキドキする。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ばいばーい! 今日はありがとねー!」
お辞儀をして、主である久瀬さんのところへ駆け寄った。
「お疲れ、クロ」
「……うん」
ドキドキしてしまう。
目を細めて微笑まれると、その大きな手で頭を撫でてもらうと、ドキドキしすぎて俯いてしまう。
「おい、アキー! お前、あんまりクロに甘えるなよ」
アキさんがソファに腰を下ろしたまま、手を振りながらにこやかに「ごめん」って謝っていた。
「ほら、帰るぞ」
「ぁ、うん。あ、久瀬さんっ! あの、酒屋さん、行きたい」
「酒屋?」
「うん」
久瀬さんの好きなお酒とお饅頭を買いたいんだ。だって、そろそろまた何か書くんでしょ? この前調べものしてた。そしたら、執筆の最中、休憩とかで甘いお饅頭にブラックコーヒー、出してあげたい。
「いいぜ? けど、疲れてんだろ。早く帰らなくていいのか?」
「大丈夫」
「あ、クロ、外、寒くなってきたから、お前はマフラーしとけ」
「俺は平気。久瀬さんこそ」
「いいから、猫は寒いの苦手だろ」
ほら、って首に巻きつけてくれた。そして、外に出た瞬間、広い背中を丸めて俺の頭にキスをくれる。
「俺、臭いから」
「臭いわけあるか。っていうか、お前も、無理そうな時はちゃんと断れよ。今日は普通に向こうの仕事あっただろうが」
今日は日中、クライミングのコーチ行って、それからアキさんに頼まれて、店のカウンターに入ってた。ホワイトデーが近いから、お店が忙しくて、聖司君だけじゃ回らないからって。
「平気だってば」
「平気なわけあるか」
俺も体格、そんなに悪くないんだ。元アスリートだし。今だって、それなりにトレーニングはしてるから、久瀬さんに拾ってもらった時よりもずっとしっかりしてるでしょ? その辺にいる同じ歳の同性に比べるとしっかりした身体はしてると思う。
けど、この人はそんな俺を抱きかかえちゃうくらいに、カッコよくて。
「お前は、目を離すとすぐに無理するから」
カッコよすぎて、ドキドキしすぎてしゃべれなくなるだけなんだ。本当は――。
「あ、あっ、あっ」
「クロっ」
「あぁあぁっ、深い、よっ」
「すげぇ、その顔そそる」
「ん、あぁぁっン、んくっ……ン」
久瀬さんが立ったまま俺を抱きかかえて、深い、奥のところまで抉じ開ける。ペニスに下から貫かれながら、足はちゅぶらりん。抱っこされてるせいで、踏ん張ることもできなくて。
キスをしながら抱えられてするセックスはダメになりそうなくらいにゾクゾクする。
「ン、久瀬、さんっ」
「エッロ、お前のここ」
「ぁ、ああああっ、ぁっ、ン、そこ、イっちゃう」
「イけよ」
ぎゅっとしがみついた。甘く掠れた声で言われただけ、イっちゃいそう。
これ、好き。
「ぁ、あっあぁぁ!」
一番深くて、一番近いとこに久瀬さんが来てくれるから。
舌を伸ばして、久瀬さんの舌にしゃぶりつきながら、立ったまま抱きかかえた俺を激しく抱く久瀬さんに好きって、孔をきつくして伝える。絡みついて、溶けて、繋がって、擦り合って、はしたない音を立てて、俺のことを抱いて欲しいと、孔を締め付ける。
――あいつ、あんまり人をテリトリーに入れない奴だもん。
久瀬さんのテリトリーを全部独り占めしたい。
――クロたんは、と、く、べ、つうううう。
本当はこの人の全部を独占してしまいたい。
「ぁ、アッ久瀬さんっ、久瀬さんっ、俺っ」
「いいよ。イクとこ、見せて」
「ぁ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
本当は、したいしたいしたいって、うるさいくらい、頭の中では話してるんだ。
――私みたいなのうるさいのはタイプじゃないって前に言ってたっけ。
全部、もしも聞かれたら、嫌われるかもしれないくらいに、久瀬さんのこと呼んでる。
「あっ…………ぁ、はぁっ」
「気持ち良さそうな顔」
「ン、だって、久瀬さん、中に、くれた、からっ……ン、ンくっ……ンん」
それを口に出さず。うるさくせずにいられるのは久瀬さんが好きすぎて、喉奥で言葉が詰まるからなだけ。ドキドキすぎて、言葉さえ吹き飛ぶだけ。
「ンっ……ン、ぁっ、ふっ」
キスに夢中になってるからなだけなんだ。
「………………」
えっと……。
「おー、起きたか。寝ぼすけ」
えっと、あの。
「よく寝てたな。昨日、無理させたかもな。今日はクライミングのほう遅番だろ? もう少し寝てるか?」
ねぇ、久瀬さん、俺。
「朝飯、目玉焼きは二つでいいか?」
「……」
「クロ?」
「っ」
俺、なんか、声が――。
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