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無口な猫編 5 トントン突っつく

 声が出ないうちはクライミングのコーチは休業にしてもらえた。診断書をファックスで送って確認してもらって、メールでやりとりをして。クライミングはロープで安全を確保はしているけど、でも危険は伴うからコーチングする側も万全のコンディションでやらないといけない。もしも、万が一危険なことになってしまった時、声が出ないとアクシデントに対応できないかもしれないから。  そして、代わりにアキさんとこでバイトさせてもらおうかなって思ったんだけど。  めちゃくちゃ、ものすごく、久瀬さんに渋い顔をされた。  筆談の必要がないほどにわかりやすい「却下」の顔に、今回はおとなしく声が出るのを待つことにした。  久瀬さんの「俺も無言でいよう」ゲームは継続中だ。  そのゲームをしながら、二人でまったりとした時間を過ごすようになって、今日で三日目。  一週間経っても症状が改善されないようなら再度病院に来てくださいって言われてる。  今のところ、声どこか溜め息も出せてない。 「……」  今は、オセロの真っ最中。  ちょっと劣勢。久瀬さんに四つの角のうち三つを取られて、悪戦苦闘している。  少しでも劣勢を覆せる一手はないかと、唸れないけれど、気持ちだけ唸っていたら、肘を久瀬さんがツンと突付いた。 「?」  そして視線を久瀬さんに向けると、喉の辺りを指差している。  大丈夫って、口だけで伝えた。  痛くないし。違和感もない。ただ、声が出ないだけ。  俺の返事を確認して、久瀬さんは視線を手元の盤上へと戻した。  ねぇ、なんで、久瀬さんも話さないの?  話せるのに。 「……」  声が出なくなってから三日。  久瀬さんの声が聞けなくなってから、もう……三日も経ってしまった。  久瀬さんの声、好きなのに。  低くて、良い声。  ――クロ。  そう呼ばれると鈴はさすがにつけてないけれど、鈴があったら、チャリンチャリンってたくさん鳴るくらい、胸が弾んでしまうのに。  それに名前を呼ばないから、用事がある時、話しがある時、ちょんって指で突付かれる。ただトントンってされるだけなのに。刺激になる。「欲」を突付かれてるような気持ちになる。  声が出なくなってから三日。声が出なくなった日の前日、抱いてもらったから、もう――。 「……」  久瀬さんが俺の肩をトントンってした。  トントンってして、そして長い髪をかきあげると、時計を指差して、それからベッドを指差した。たぶん、もう寝ようって意味なんだと思う。  俺は久瀬さんの愛猫で、恋人。けど、毎晩セックスしてるわけじゃなくて、穏やかに夜を過ごして、一緒に普通にただ眠ることだってある。  あるけど、今日は、したいんだ。  ダメ?  トントンってされると。  突付かれてる気持ちになる。  久瀬さんとセックスしたいって気持ちを。  抱かれたいっていう欲求を。 「……」  だから、服の裾を掴んで、引っ張った。  声が出ないから、代わりに、口付けて、舌を挿れさせてもらって。久瀬さんの舌に甘えて絡み付いて。 「っ……っ」  声も吐息も出ないけれど、でも、舌同士が絡まり合うと濡れた音がする。 「っ」  しちゃ、ダメ? 久瀬さん。 「っ」  俺、貴方とセックスしたい。 「っっ」  抱いて欲しい。 「っ」  抱き締められて、深く深く舌で口の中を蹂躙されながら、その舌に答えるようにしゃぶりついて、喉を鳴らした。  自分から裸になって、まだ上しか脱いでない久瀬さんの膝の上に跨って大きな掌にペニスを扱いてもらった。  たまらなく気持ち良くて、喉奥が震える。 「っ」  先走りが滲むと、それを親指が塗りつけてくれる。  たまらなくて、身震いしたら、久瀬さんが乳首を噛んでくれた。甘く柔く噛まれて敏感に硬くなった乳首を舌先に濡らしてもらう。濡れたそれはコリコリになったら、久瀬さんの舌先がもっと可愛がってくれるんだ。  これ、好き。  乳首とペニスを一緒にされると、中が――。 「!」  二箇所を可愛がってもらった身体は指が入ってくるだけで震える。 「っ」  浅いとこ、孔の口のところを指が入って出てを繰り返されると、奥が切なく疼き出す。もっと指が入りやすいようにって、腰をくねらせて、久瀬さんの手に擦り付けるように尻を後ろに突き出すと、久瀬さんの腹筋にペニスを押し付けるみたいになって、夢中になって久瀬さんに抱きついてた。  たまらなくて、切なくて、熱くて。  ただ久瀬さんにしがみついて。  もうちょっと。 「っ」  もうちょっとしたらイく。 「っっ」  なのに、イけないんだ。  ――クロ。  名前、呼んで欲しい。ねぇ、久瀬さん。 「……」  ねぇってば。 「っ」  ゲームはおしまいにして。 「……」  イきたい。イかせて。 「っ」  指、もっとして欲しい。ペニスが熱くて、奥が熱くて、おかしくなりそう。  舌で可愛がってよ。俺の乳首、貴方に食べられたい。噛んで。 「っ」  舐めて、濡らして。 「っ」  イかせて。  ――クロ。  なのに、イけない。貴方の指も舌もこんなに気持ちイイのに。 「っ」  トントン、じゃないのがいい。突付かれるとたまらない。呼んで欲しい。俺の名前を貴方の声で呼んで欲しいんだ。そしたら、すごく嬉しくて。すごく胸が。 「っ」  ――でも、そういう静かで、雰囲気も良く、居心地良くいられるから、いいんだろうねぇ。  静かなんかじゃない。うるさいくらいに久瀬さんのことを何度もたくさん呼んでる。  ――私みたいなのうるさいのはタイプじゃないって前に言ってたっけ。  違うんだ。俺はしてもらいたいことがたくさんあって、溢れて止まらないくらい。欲しいものでいっぱい。強欲のごうつくばりだから、きっと全部を口にしたら、久瀬さんに嫌われると思うほど。  ――最近、忙しそうよね。  でも、コラムの仕事はなくなってしまった。俺が邪魔したのかもしれない。だから、もっと静かにしてないと。  静かに。 「っ」  してないと。でも――。 「っ」  でも、トントンって突付かれた欲が溢れて零れて。 「っ」 「言えよ」  身震いした。久しぶりの久瀬さんの声に震えた。 「欲しいんだろ? 言えたら、やる」 「っ」  ただ声を耳元で聞かされただけで。 「お前の欲しいもの」  蕩けて、喉奥が潤んで濡れていく。 「…………ぁ……ぁ、久瀬、さんっ」  三日ぶりに声にしたのは愛しい人の名前だった。 「イかせて」  言葉にしたのはあられもない剥き出しの欲求だった。 「あぁ、クロ」  そして、三日ぶりの低く甘い大好きな声に、イかされた。

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