98 / 106

久瀬(攻め)視点 編  1 猫の散歩

 猫は、生きていくのに、そんなに広いスペースはさほど必要ないと、どこかで読んだことがある。  犬はそうもいかない。散歩が必須だ。行動範囲はその犬の大きさによって違うが、猫ほどの大きさであってもある程度の広さや、散歩が必要だ。  ところが猫はそうスペースの広さは重要ではないらしい。猫も散歩をする場合があるが、猫の飼い方なんかを見てると安全のためにも「完全室内飼育」がいいんだそうだ。散歩は必要じゃないらしい。  部屋の中だけで過ごす方がいい、んだそうだ。  実際、アレキサンダーは家の中を走り回ることもなく、一日の大半をソファの上で過ごしてた。コラムで使用する写真を撮るためにいた数日間、その間、部屋一つで充分に思える程度の行動範囲だったっけ。あぁ、それと、そうだ、高さがあればいいと言っていた、ような。高いところを好むから、広さよりも登り下りできるところがあればストレス解消になるし、リラックスできると。 「あっ……久瀬、さんっ」  だから、室内で充分快適らしい。  閉じ込めておいて、いいんだそうだ。 「あ、あ、っ……ン」  うつ伏せで寝たまま、きゅっと引き締まった尻の間を抉じ開けられて、クロが甘く啼いた。それを夏の強い西日が照らしてる。濡れた背中はその西日のせいだけじゃない。快楽に火照っているせいだ。 「ん、そこっ……もっと、がいいよっ」  肩から背中にかけてついている筋肉を気持ち良さそうにくねらせてる。しなやかな背中だ。本人はどうしても筋肉がついて嫌だと言うが。 「あ、あっ」  綺麗だと思う。 「あぁ、や、背中、撫でられるの気持ち良いっ」  撫でられるのがやたらと好きなのも猫に似てる。ゆっくり中を擦るように突いてやるとその背中を外らせて、中でペニスにしゃぶりつく。脇腹の両手を添えて、すぅっと肌の上を滑らせると、もっとと喘いで細い腰を浮かせた。 「あ、ね、久瀬っさんっ」 「? どうした?」  寝たまま身悶えていたクロが必死に背後にいる俺へと手を伸ばしてきて、その手を掴んでやると、柔軟な身体を上手く使い、手を繋いだまま、腰を揺らしながら、後ろに振り返る。 「ね、久瀬さん」  俺を見ただけでまた中をきゅぅんと締め付けて。 「久瀬さんの顔、見ながら、がいい」  そんな可愛いことを言う。 「あっ、ン」  抜く時にさえ啼く愛猫がその細い腰を捻って仰向けになり、膝を抱えるように身体を開いた。やらしい格好を自分からして、もの欲しそうに、けれど恥ずかしそうに俯いた。月色をした珍しい瞳を濡らしながら。 「クロ」 「あっ」  再びの挿入に身体を振るわせて悦んで。  快感に唇を噛み締めながら、自分の膝を抱えてる。まるで猫がぎゅっとその身を丸めて眠るような格好だ。 「あ、あ、あ、久瀬さんっ」  その膝を俺がもっと割り開いて、ペニスを根本までゆっくり、中を舐めるように抉じ開けて。 「ンっ……ん」  噛み締めていた唇に舌を刺し込む。くちゅりとやらしい音がした。キスで絡まる舌から。先走りでびしょ濡れなクロのペニスを握る俺の手から。それと、悦んで俺を咥える身体から。 「好き」  腕を伸ばして俺の首に甘えてしがみつく。 「久瀬さんっ」  可愛い俺の愛猫。 「あ、あ、あ、久瀬さんっ、好き」  腕の中で身を捩って甘く啼く、やらしい猫。  お前はこんなゴツい体、いつまで抱いてくれるのかと心配したりもしているらしいが。  知らないだろ? クロ。 「あぁ、俺も好きだよ」  お前の主が何を考えてるか。 「あ、あ、あ、あ、久瀬さんっ、あ、激しいっ」  今、何を考えてるのか。  知ったら、お前はどんな顔をするんだろうな。  束縛はあんまりしない方だった。いや……全くしない、の方が正解だ。  閉じ込めてしまいたいなんて物騒なことももちろん考えたこともない。 「…………」  考えたことも、なかったんだけどな。 「何、その仏頂面」 「うるせぇ」 「あーやだやだ、ヤキモチ? 無駄な餅焼いちゃって」 「うるせぇっつうの」  目の前ではカウンターで酒を作っている聖司とそのカウンターの端に座って楽しそうに話すクロがいる。 「久しぶりに来たと思ったらさぁ。執筆忙しいっぽいじゃん?」 「……まぁな」  あれ、近くないか? 距離が、やたらと。 「なぁに? 今日は、あんたがクロちゃん連れてきたんじゃないの?」 「クロが来たいって言ったんだよ」  あ、ちょっ、クロ、カウンターから身を乗り出して何してんだ。近いだろうが。 「最近、ずっと仕事と家の往復だったから、羽を伸ばしたいんだろ。俺もずっと篭って執筆してたしな」 「ふぅーん」  ほら、だから、近いっつうの。もう済んだことをネチネチ言うわけじゃないが、そいつはお前のことを。 「それでクロちゃんが……」 「あぁ。昭典、勘定してくれ」 「店の中で本名呼ぶのやめてくんない?」 「知るか」  ここで終いだ。 「おい、クロ」 「あ、久瀬さん」  テーブルを立ち、クロを呼ぶと、カウンターの椅子から降りてすぐにこっちへ歩いてきた。そろそろ終いだ。 「帰るぞ」 「うん」  散歩は。 「昭典、勘定」 「あ! 久瀬さん、ここは俺が出すよ。俺が来たいって言ったんだし」  バーカ、主が払うに決まってるだろうが自分の猫の飯代なんて、そう言って、黒く柔らかい髪をくしゃりと撫でれば、条件反射なんだろう。クロは撫でられることに嬉しそうに月色の目を閉じて、心なしか俺の手に頭を預けるように首を傾げる。 「昭典」 「はいはい、こちら、お会計になります。ちゃんと友達割してやったわよ。っていうか店内で本名やめろっつうの」 「悪いな。アキ」 「クロちゃんが戻った途端にご機嫌って」  仏頂面のアキにニヤリと笑い。代金を支払うと店を出た。外の雑多な空気が夏の熱気に混ざって、店内の涼しさとの落差もあって、瞬く間に汗が滲んだ。 「ね、久瀬さん、さっき教わったんだ。美味しいって、久瀬さんが言ってたカクテルの作り方、だから、今度、リキュール買って……」  もう少し夜も更ければこの熱気もある程度落ち着くんだろうけどな。  手を引っ張り、クロがよろけたところで触れるだけのキスをした。 「久瀬、さん」 「……」  考えたこと、なかったんだけどな。閉じ込めておきたいなんてこと。 「まだいたかったか? 悪いな、少し書き足したいところを思いついて」 「ううん。全然」 「どうした?」  クロが小さく笑った。 「なんでもないよ」  見透かされたのかと思った。 「早く帰ろう、久瀬さん」  執筆のことを持ち出せばワガママができると知っている狡賢く心の狭い主の、その狭い胸の内を。 「あぁ」  閉じ込めておきたいと、考えてる、了見の狭い主の、胸の内を――。

ともだちにシェアしよう!