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久瀬(攻め)視点 編 4 主人の膝の上

「――ふぅ」  一つ溜め息をシャワーの湯と一緒に足元に落として流した。  溜め息と、それから、ガキみたいな嫉妬心も。  イベントを終えて、あっちこっちから「さすがだ」と褒め称えられているクロを少し離れたところから眺めてた。始終、人に囲まれていた。その光景がとても似合う男だと思った。才のある人間だと、一目瞭然でわかる。本人は困ったようにしていたが、クロはあの中心にいるべき人間だ。  それなのに、その当たり前であるべき光景を見ながら、いい歳をした、しがない小説家は――。 「クロ、まだ起き……」  束縛、なんてするタイプじゃなかったんだ。いい歳して、必死こいてって、ガキみたいな自分に自分でも呆れてる。それでも――。 「……」  クロを。 「……その首輪、気に入ってるのか?」 「!」  どうにかして独り占めできやしないだろうかと考えている。 「久瀬さん」  風呂から上がると、クロが前に猫のクロのファンだという読者からもらった首輪を手に持っていた。前にそれを足首につけていた。けれど、鈴の音が俺の執筆の邪魔になるからとその晩だけで、あとはしまっていた。その首輪を手に持ち、じっと見つめていた。 「疲れたろ? 寝なくていいのか?」  最近、クロは少し変わった。我儘を少しずつだが出すようになった。首輪の鈴の音が俺の執筆になると思った途端にしまう。俺が打ち合わせから帰れば、そっと近寄ってくる。お帰りなさいと周りをうろうろして、けれど、まだ帰ってきたばかりの俺の膝に座りたいと駄々を捏ねるようなことはしなかった。 「まだ寝ない。あの……久瀬、さんは? 疲れてる?」  最近のクロはその膝の上に座りたいと、ほんの小さな我儘をするようになった。 「いや……疲れてない。お前の方だろ? 疲れてるのは。俺は見てただけだ。お前はあっちこっちで忙しそうにしてたぞ」 「お、俺は、平気、あ、の……じゃあ」  おずおずと手を伸ばして「ねぇ」と甘えたがる。 「久瀬、さん……ぁ……」  それを可愛いと思わない飼い主なんているわけないだろ? 留守番をしていた間中、待ち焦がれていたかのように、玄関を開けた瞬間、パッと顔を上げて、嬉しそうに近寄って来て「ねぇねぇ」なんて啼く猫を愛しいと思わない主なんていないだろ? 「ぁっ」  ベッドの上で首輪を握りしめていたクロからその赤い輪を奪い、足首を取った。足を持ち上げられてバランスを崩しそうになったクロが後ろ手について、股を開くような体勢に頬を染めてる。  ――リン。  鈴が何度か鳴って、そして、足首に赤い輪を嵌めてやると、愛猫は満足した様子で確かめるようにそれを覗き込むと、甘い甘い声で俺の名前を呼んだ。 「して、いい?」  そう啼いて、自分から家着の黒い服を捲り上げた。 「あぁ」  頷くと、嬉しそうに頬を染めて。  主人の気が変わらないうちにとでも思うのか、慌てた様子で服を脱ぐ。  端正な顔立ち、バランスの取れた見事な彫刻のような身体。それと宝石のように輝く瞳。 「ぇ、久瀬さん、なんで笑って」 「いや……」 「あ、あの、俺っ」 「可愛いなぁと思っただけだ」 「っ」  良い男だ。女なんてイチコロだろう。男だって、そそられるだろう。この見てくれだ。相手に不自由しないだろう。優雅極まりない男が、慌てて服を脱いで、可愛いと思わない男なんて。 「可愛くなんて、な……あっ!」  いるわけないだろう? 「久瀬さんっ、俺っ」 「?」 「別に細く、ないし、筋肉だってついてて、可愛いくないって思う。本物の猫ならいいのにって。そしたら、絶対に先代のクロみたいに可愛がってもらえる」 「……」 「けど、久瀬さんの愛猫って」 「……」  俺の上に跨ったクロの足首から。 「この首輪をしてると、本当の愛猫って気がして、すごく好き」  鈴の音がした。 「それに、これ、してると、久瀬さんのものになれた気がして……」  気持ち良いと耳元で囁く甘やかな声と一緒に、リンと鈴が鳴った。 「あ、あ、あ、あ、あっ」  甘い鈴の音だ。 「あ、久瀬さんっ、乳首っ、あっ」  クロが腰を振るたびに、クロの小さな、でも欲しがりな乳首に歯を立ててやる度に、甘やかな鈴の音が鳴る。 「俺、重く、ない? あっ! あぁぁっ激し」  まだ自分の好きなように主に甘えるのは下手なクロが下から激しく突き上げられて、鈴の音を大きく鳴らした。 「あぁっ、や、下から突かれたらっ、俺、すぐっ」  にゃうにゃう啼く猫の声と一緒に。 「イッちゃうっ」 「あぁ、いいぞ」 「あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁっ」  中をペニスに絡み付かせながら、爪を立てて、俺の腹を引っ掻きながら、愛猫が啼いてる。 「あっ……久瀬、さん、も、イッてくれた、中が……熱い、あ、あ、あっ……まだっ、あっ……ン」 「本物の猫になんてなられたら困る」 「ぇ? 久瀬さん? っ、あっ……」  抜くのさえ快感だとクロがまた反応した。 「本物の猫じゃ、抱けないだろ?」 「久瀬さん、あっ! あっ」  お前はちっともわかってない。 「四つん這いになって、クロ」 「あ……」  その強靭でしなやかな筋肉をくねらせる様がどれだけ色っぽいのかを。 「あっ久瀬さんっ……ぁ」  この端正な顔が快楽に歪む様子に飼い主がどれだけ興奮してるのかを。 「あぁぁぁっ」 「クロの中」 「あ、あ、あ、深いっ、これっ久瀬さんっ」  お前のことを独り占めしたいと切に願ってる飼い主の幼稚な独占欲の強さを。 「あぁぁあ、ンっ」  全然わかってないんだ。 「あ……ん、久瀬さんっ」  どれだけ愛しいと思ってるかを。 「もっと、して……欲しい」  ちっともわかってないだろ?

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