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第14話 嫌だった?
その子……一ノ瀬くんの様子がおかしい。
瑛に預けた鞄を院長である父の部屋に取りに行き、車を職員玄関の前に停めて再び病室に戻ると、俯いて虚ろな目で膝の上で握りしめた手を見ていた。
顔色もかなり悪く、何度か呼びかけると、
やっと気がついたかのような表情をした。
その後の返答もどこか力なく、俺は朔久の手を取って病室を出た。
愛車の車の助手席のドアを開けて朔久をエスコートすると、俯いたまま乗り込んだ
そのままエンジンをかけ、車を走らせる
沈黙の流れる車内
「一ノ瀬くん」
と呼びかけると、その子の身体がびくんっと揺れる
「…さっきみたいに呼び捨てでいいよ。」
「…じゃあ朔久。」
「なに?」
「俺に撫でられたのが嫌だったか…?」
朔久がこうなった原因に、思い当たるのはそれくらいしかない
「え?」
朔久がさっとこちらを見る。
「あの後から顔色が悪くなったようだったから」
「ううん!撫でられたのは嬉しかったよ!!あっ、」
「撫でられた『のは』…?やっぱり何か…」
「ううん…本当になんでもない…」
また目線を膝の上の手に移し、消え入りそうな声で朔久は呟いた
「…そうか……」
(全てを聞くにはまだ早いか…)
と、思いつつも車を走らせると、直ぐに駅に着いてしまった。
「…じゃあ、有難う御座いました」
「朔久!」
お礼を言って、さっさと降りようとする朔久を呼び止め、小さなメモを渡す
「なにこれ?」
「俺の連絡先。これでも一応精神科医だから、辛くなったら電話とかLimeして」
「え、でも…」
朔久は戸惑った表情でこちらを見る。
「受け取ってくれないか……?」
少しの沈黙が流れる
「分かった…ありがとう檜山さん。」
「あぁ」
「じゃあまたね」
ばたんっとドアが閉まり、朔久の後ろ姿が見えなくなるまで見つめる
ハンドルにかけた両腕の間に顔をうずめる
(あ〜良かった、、連絡先渡せた、、、)
連絡先を渡せただけでこんなに嬉しくなることは初めてで、自分でもかなり浮かれているな、と軽く頭を振る
それにしても、朔久の抱える闇はだいぶ深そうだ。
(精神科医として…いや、一人の人間として俺はなにか手助けをしてやれるだろうか…)
と考えながら、再び車を走らせた。
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