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第37話 意識
数分もしないうちにバタバタとした足音が近づいてきて、先程のナースコールを対応した女性の看護師とは違った、男性の「開けますよー」という優しい声がした。
「一ノ瀬くんの意識が戻ったって?」
いつもの優しい笑顔で病室に入ってきたのは櫻井先生だった。
「櫻井先生!看護師は…?」
「僕が行くからいいよって言ってきたんだよ。
僕にも一応確認させて貰えるかな?」
「はい」
櫻井先生は俺とは逆側に行き、朔久の右手を優しく握る
「一ノ瀬くん?わかるかな?
ここは檜山総合病院で、僕は内科医の櫻井かなでといいます。
僕の声が聞こえたら、手を握ってもらってもいいかな?」
弱々しいものの、朔久が櫻井先生の手を握るのが確認できた
「…うん。大丈夫だね!」
「よかった………」
その一言で、勘違いでは無かったと安心し、何処か気の抜けた声を出すと櫻井先生が笑った
「宗一郎先生ずっと心配してたもんね。
やっぱり愛の力ってすごいねぇ…♪」
「揶揄わないでください…!」
確かに朔久に抱いているのは恋愛感情なのだが、実際にそう言われると恥ずかしくなり、少し笑って言葉を返した
「大丈夫、一ノ瀬くんはまた寝たようだし聞こえてないよ。安心して。」
「……櫻井先生っていつもふわふわしているのに、どこか鋭いというかいじわるな所がありますよね」
「ふふっ…宗一郎先生は面白いからね♪
じゃあ悪いけど僕はこの辺で失礼するね。
ちょっとそろそろ眠気が限界で……」
よく見ると部屋に入ってきた時と表情は同じものの、何処かやつれて青白くなった顔色でふらふらと歩く櫻井先生はよく見るとクマも夜中よりも酷いことになっている。
「仮眠をとられなかったんですか…?」
「あぁ…うん。あの後にちょっと急患が来てね…」
「ふぅ…先生も身体を大切にしてくださいよ?
今、宗臣を呼ぶので着替えたら仮眠室で待っててください。」
「えっ、宗臣くん、今日は当直だから午前中は寝てるって…」
「櫻井先生の為なら飛んできますよ、あいつ」
頭に浮かぶのは、大切な人…特に櫻井先生のことになると風のように飛んできて、でれでれとした表情になる、弟の宗臣の顔だ。
ここ1ヶ月程『待て』をされているようだし、俺からの連絡だとしても車を飛ばして迎えに来るだろう。
「とにかく待っててくださいね。」
「…分かったよ………」
もう断る気力もないのか、櫻井先生はしぶしぶと言った様子でふらふらと病室を出ていった。
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