後頭部に腕を回して、あからさまに嫌味をぶつけてくるその男は、「口を慎め」と臣にすごまれても、気に止めることなくあくびをこぼす。いつものことなので「おはよう」とだけ返すと、今度は嘲るように鼻で笑った。 「はっ。オメガってやつは難儀だな。過剰に防衛しなきゃなんないほど性別に振り回されて、かわいそうなヤツ」 　ズキンと胸が痛んだ。腹の立つことに何も言い返せない。今にも刺し殺しそうな目付きで、芹が冷ややかにほほ笑む。 「鼻が利かないアルファに何を言われたって、説得力なんかないけどね。典生様、気にしないで」 　スマートに肩を引き寄せられ、いたたまれない気持ちになる。男らしいのは見た目だけで、中身がちっとも追いついてこない。促されるまま羽根崎の前を通り過ぎると、背後で舌打ちする音が響いた。 彼は学年に十人しかいないアルファの中の一人で、名を羽根崎久志(はねざきひさし)という。 　他人から羨望の眼差しで見られがちなアルファだが、羽根崎の場合は違う。というのも、彼は去年事故に遭って入院していたらしく、長期休学が祟って留年しているのだ。