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20.癒しの超魔力

「はぁ、……っはぁ、はぁっ…!」 「ダグラナ、…ダグラナ………っ! ダグラナったら!!」 「…、あ……ごめんリリマ…なに?」 神殿から飛び出して、裏手の森を駆け抜けてどれくらい経っただろうか。月はとうに頂点にのぼっていた。 ダグラナに背負われるノーラッドの容態は、息こそあるものの脈も弱く顔色も相当に悪い。 当たり前だ、短い時間であれだけの量の血を失ったのだから。 「ダグラナ、お願いだから止まって。もうここで休みましょう。かなり深くまで森に入ってきたし、さっきから人の気配もないわ。…大丈夫よ」 「……う、ん。わかった」 リリマに手負いのノーラッドを預けると、ダグラナは周囲の落ち葉や木の枝を集め、簡易的なベッドを作った。 そして手頃な太さの枝を折ってくると、あっという間に焚き火を作ってしまった。 「…ダグラナ……あなた、頼もしくなったわね」 「っふは、本当に? リリマにそう言ってもらえるなんて光栄だな」 ノーラッドを簡易ベッドに仰向けに寝かせ、衣服を脱がせていく。 そのダグラナの行動に、一瞬困惑したリリマだが、すぐにダグラナの意図を理解する。 (そうだった……この子の魔力は〈全能〉(スプリーム)。全ての能力を使いこなすことのできる稀有な力…。だったら……!) 「ダグラナ、よく聞いてちょうだい。あなた、今ノーラッドの傷を塞ごうとしてるのよね? だったら私も一緒にするわ。私の言うことをよく聞いて」 「…うん、了解」 「これだけの傷の深さ、そして出血量を見れば、まず普通の人間では耐えられなかった。なんでノーラッドが保ったかわかる?」 「……ノーラッドが、使徒だから」 「そう。だからこの傷を塞ぐとなると相当な魔力消費量になるの。それをあなた1人に任せるわけにはいかないわ……私もする」 「…リリマ」 だがいくらリリマが妖精族の大長(おおおさ)の娘で、どの能力も使えるとしても、あくまでリリマは水の能力の加護を受けている。それ以外の力を使うとなると相当な負担になってしまう。 「でも私はそのあと、きっと耐えられなくて繭の眠り(スリープモード)に入るわ。短時間だとは思うけど、しばらくは起こされても起きれないから、それは把握していてちょうだい」 「うん…わかった」 「じゃ、始めるわよ」 これからこの2人が始めるのは〈癒し〉(ヒーリング)の魔力。実はシェヴァンノに癒しの力を持つ使徒は極端に少ないと言われている。その為か、〈癒し〉(ヒーリング)の魔力を持つ使徒はみな莫大な魔力量を持ち、稀有な存在としてシェヴァンノに住む者から尊敬の眼差しを受けていた。所によっては崇拝の対象にもなっている。 そんな〈癒し〉(ヒーリング)の魔力を持つ者の頂点(トップ)に君臨しているのが〈癒師〉(クイーン・ヒーリンガー)の称号を持つチーム〈クレセント〉の一員、フォロマイアである。 そんな彼女でさえごくたまにしか行わない〈癒し〉(ヒーリング)の力、「疑似繭の眠り」(ロスト・バック)。 妖精や使徒のように魔力と呼ばれるものを持つ者たちが、力を使いすぎた時になる、いわば「仮死状態」。 生命活動の維持において、日常生活に支障が出てしまうほどに力を使ってしまった者が陥る繭の眠り(スリープモード)の状態を人工的に作り出す魔力。一時的に生きる上で必要最低限なものを残し、あとは削ぎ落として、眠りにつかせる。 簡単に言えば省エネモードのようなもの。 ただでさえ〈癒し〉(ヒーリング)の魔力は消費量が激しいのにも関わらず、これはその全てを凌駕する。使う側にとっては恐ろしい魔力…にもなる。 「……そんなすごいの、僕たちできるかな?」 「…わ、私もやったことないから分からないわよ……〈癒し〉(ヒーリング)の魔力でさえ片手で数えれる位しかやったことないのに…」 「ま……どうにかなるでしょ」 2人がやろうとしているのはその「疑似繭の眠り」(ロスト・バック)だった。 〈癒し〉(ヒーリング)の魔力の中でも数少ない、施した相手を完全に回復させることができるものの内で、1番効力が高いとされているものだ。 「魔力の酷使は使徒生命を縮めることに繋がるわ。私がまず形をつくるから。ダグラナはあとから力を足していく形でお願い」 「わかった」 事態は決して良くはない。だが2人は驚くほどに冷静で、落ち着いた判断を下すことができていた。 ふぅ…っ、と1つ息をはき、リリマが術式に入る。 「癒しの女神、ヴァルツァッリ…今ここに我が願いを聞きたまえ___」 空を向いているリリマの両の手のひらから薄緑の光があらわれ、ノーラッドを優しく包み込む。薄緑の光はノーラッドを宙に浮かせ、傷の深い背中に集中的に集まる。 ノーラッドは、依然として眠ったまま。 「ダグラナ、お願い」 「うん。…………いくよ」 ダグラナもリリマにならい、呪文を唱えて術式に入った。 「ここからは根性勝負よダグラナ…頑張りましょう」 そう言うリリマの額には既にうっすらと汗がにじんでいたが、それには気付かない振りをして、ダグラナは頷いた。

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