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第32話

音も立てずに千鶴は泣いていた。 頬を涙が伝って流れていく。その泣き顔が幻想的に見えて、思わず手を伸ばしていた。 「なんで泣いてんの」 「泣いてないよ」 「泣いてるよ」 涙を拭ってやると、慌てて自分の頬に残る涙の跡に触れる。それでやっと自分が泣いてる事に気が付いた千鶴は、俺を見ながら動揺していた。 「なんで……」 「俺が分かるわけないだろ」 しばらく涙を流したまま、千鶴は俺をじっと見ていた。俺も何となく視線を外せなくて千鶴の目を見つめていた。 「ごめん……皐月さん、ごめん」 「なにが?」 謝られるような事はされてない。 何に謝っているのか不思議だった。 「オレ、皐月さんが好き」 俺の目を見たまま、千鶴は悲しげに微笑んでそう告げた。

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