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第179話
縛られていた縄をやっと解いて、最近やっと肉付きが良くなってきた千鶴を抱き締めた。
根津が俺に執着する限り、俺は大事な人を作ってはいけないんだろう。
それでも千鶴を手放せなかった。
喜怒哀楽を何年も掛けて知った俺が、やっと手に入れたそれは、本来なら母親の腹の中に居た時から与えられていたはずのもの。
「なぁ、先生……」
敢えて名前ではなくそう呼んだ。
どうか伝わって欲しいと願いを込めて。
「先生だって一度は誰かを愛しただろ? 結婚してたんだからさ、わかるよな?」
「……もう、そんなものはないよ」
「それでも、確かにあった」
だからどうか分かって欲しい。
俺が初めて愛しいと思う存在の事を。
「もう自分を許してやってよ。誰も先生を憎んでないから」
一番先生を憎んでたのは、他ならぬ先生自身。
堕落した場所から抜け出す事を諦めてしまったのをずっと許せないでいる。
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