13 / 492

1-2:午後2時の邂逅 (3)

いやいや、『運命』って……しっかりしろ、俺。 思わず浮かんでしまったその二文字を頭の中で必死に打ち消そうとするけれど、この出会いをどうしようもなく嬉しく思っている自分がいる。 だって。 まさか。 こんなところで。 確かにここはあのネオ株入りのビルから地下鉄でひと駅分しか離れていないし、この人の活動範囲に入っていてもおかしくはない。 でも今日は土曜日だから、ネオ株の本社勤務の人たちはよほどのことがない限り休みなはずだ。 ということは、家が近いんだろうか。 それとも誰かと待ち合わせで……あ、それなら相席を許したりしないか。 やっぱりひとりでフラリと来て……あ、もしかして俺と同じで買い物終わって休憩中とか? でも買い物したらしき袋なんかはどこにも見当たらない。 ということは、やっぱり家がこの辺ーー 「お待たせいたしました」 寄せるばかりで離れてくれない思考の波にのまれていたら、唐突に降って来た言葉に飛び上がりそうになった。 突然激しくなった鼓動を悟られないようにしながら首を動かすと、さっきのウェイターが水を持ってきてくれていた。 「ご注文はお決まりですか?」 しまった、決まっていない。 決まっているはずがない。 席についてからずっと、頭の中では『運命』のふた文字が行ったり来たりしている。 ジャジャジャジャーン……ってそれは違うか。 ああ、なんてことだ。 ボケがベタすぎるだろ、俺。 俺の脳内で暴れまわるベートーベンのことなんて露知らず、神崎さんはクリームソーダをひとすすりしてから、また本を開いていた。 かなりアイスが溶けているけれど、特に混ぜるでもなく、ストローに導かれるままに緑色の液体を吸いあげている。 クリームソーダか。 すごく懐かしくて、それに美味しそうだ。 よし、決まった。 「クリームソーダひとつ」 「かしこまりました」 ウェイターは浅くお辞儀をするとメニューを手に去っていった。

ともだちにシェアしよう!