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1-2:午後2時の邂逅 (9)

もしかしたら、勇気を出してもっと早く話しかていればよかったんじゃないか。 そうしたらこの一時間を、楽しく会話しながら過ごせたかもしれない。 クリームソーダかぶりましたね、なんて話題を振ってから、すごい偶然ですね、いいえこれは運命なんです、なんて……ん? 神崎さんが、にこにこしたまま俺を見下ろしている。 なぜだろう。 そういえば、さっき神崎さんは俺にこう言った。 ーー……何か? それは、自分に何か用があるのか、と尋ねているということだ。 そして、神崎さんはその答えを待っている。 うわ、まずい。 勢いだったから、何もない。 いや、あるといえばあるような、でも厳密にいうと、用事というわけじゃなくーー 「佐藤くん」 「えっ」 悶々と立ち込めていた思考の雲が流れ去り、一気にクリアになる。 次に耳に届いたのは、小さな苦笑と微かに紙がこすれる音。 その出所を求めて視線を彷徨わせると、神崎さんが俺の伝票を手にとっていた。 ちょ、ちょっと、整理したい。 神崎さんが、俺の名前を呼んだ。 そして今、左手を差し出している。 あの繊細な手を、俺に、差し出してーーえ? 意味がわからない。 ついていけない。 理解できない、けれど。 「時間あるなら、一緒に飲み直さないか?」 いつもより近い距離で向けられたあの淡い笑顔にすっかりやられた俺は、質問の意味もよくわからないまま、白馬の王子様に導かれるお姫様よろしく、その手を取ったのだった。

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