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1-3:午後5時のアバンチュール (1)
どうしよう。
なんだかとてつもなくおかしなことになっている。
「コーヒー飲めるか?」
「は、はい、飲めます」
「砂糖とミルクは?」
「あ、お、お願いします」
「了解」
しまった。
ここは男らしく「ブラックで」って言うところだったかも。
って、そんなことはどうでもいい。
「あ、あの、なにか手伝いましょうか……?」
「まさか、いいよ。適当にくつろいでて」
神崎さんは笑顔のままそう言って、すぐにキッチンカウンターの向こう側に回った。
そう。
俺は今、神崎さんの家にいる。
すぐに、ジャーと水の流れる音が聞こえてくる。
ここからだと神崎さんの胸から上しか見えないけれど、どうやらお湯を沸かす準備をしているようだ。
どうしよう。
困った。
くつろげと言われても、どうすればいいかのかまったく分からない。
たぶんここは、俺が今までにお邪魔したどの家よりも高度が高い。
そして、広い。
神崎さんに促されてかろうじて鞄は下ろしたけれど、鞄と同じように素足を包み込んでくる絨毯が柔らかすぎて落ち着かない。
目の前にはいかにも座ってくれと言わんばかりに3人がけのソファがある。
薄いグレーの素材は、きっと触り心地が良いんだろう。
その向こうにはガラスのローテーブルがあり、テレビのリモコンが乗っている。
リモコンは俺のテレビのと同じだったけれど、それを向けられるテレビの方は3倍くらい大きかった。
「佐藤くん、なにかDVDでも見る?」
気遣うような声音に振り返ると、神崎さんが佇んだまま動けない俺を視線で捉えていた。
「何もなくて悪いな。なにせ男のひとり暮らしだから」
「い、いえ、そんな」
「誘ってといてなんだけど、コーヒーももらいもののドリップしかない」
神崎さんは右手と左手にひとつずつ艶のあるパッケージを手を掲げてみせながら、困ったように眉を下げた。
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