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1-3:午後5時のアバンチュール (5)
エレベーターがゆっくりと動き出した。
『29』のボタンが煌々と光っている。
ほかに乗る人が誰もいなかったから、神崎さんとふたりきりだ。
落ち着かない。
エレベーターは日常生活で一番馴染みのある密室だ。
ホラー映画だったらここで実は殺人鬼でしたと襲われて悲鳴を上げるんだろうし、恋愛映画ならお互いを意識しながらも気づかないふりをしているうちにどちらからともなく手を伸ばしーー…って、何を考えてるんだ、俺は。
軽く頭を振って、余計落ち着かなくなりそうな妄想を払拭する。
向かいの神崎さんをそっと盗み見ると、柔らかい壁に背中を預けていた。
その視線の先を追うと、ひとつ、またひとつと形を変えながら光る数字を見つめている。
全然振動を感じないけれど、このエレベーターは確実に高度をあげているらしい。
神崎さんが、ふと俺と視線を合わせた。
微かに下がる目尻に、弧を描く唇。
もう何度も見てきた淡い笑顔。
それでも今、神崎さんの瞳に俺が映っているのが分かると、全身の熱が一気に上がるのを感じた。
「あっ、あの」
「ん?」
「さ、さっきカウンターにいた人って誰なんですか?」
「コンシェルジュの田崎さん」
「コン、シェルジュ」
「ここは24時間フロントに人がいるんだ。さっきのが田崎さんで、夜は三井さん、朝は下條さんって人がいる」
「そ、そうなんですか。すごいですね」
神崎さんは、俺の言葉にただ「そうか?」と首を傾げただけだった。
あのネオ株の出世頭なのだから給料も良いだろうし、俺とは比べものにならないくらい稼いでいるだろう。
毎年2回ボーナスの時期には、レジにやってくるネオ株社員たちが、ようやく欲しかったあれが買えるぜ、だとか、俺のとこは嫁が全部持ってくんだよなあ、だとか盛り上がっているのを耳にする。
それでも、まさかこんなところが自宅だとは思わなかった。
神崎さんは普通のジーンズとTシャツ姿でこの空間にいるのに、一切見劣りしていない。
自分の場違いさを今さらながらに実感していると、最上階のひとつ手前で、ぽーんと音が鳴った。
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