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1-3:午後5時のアバンチュール (8)

ただサンダルを脱ごうとしているだけなのに、手が震えてしまう。 今日に限ってなんでストラップ付きのサンダルを選んでしまったんだ。 時間を巻き戻して今朝の自分を問いつめたい。 過去の自分に不毛な怒りをぶつける俺の横をすり抜けて、神崎さんがひと足先に玄関の段差を登った。 それからすぐ左側の扉を開けて中を覗くと、振り返って顔をしかめた。 「ごめん、スリッパがない」 「えっ、あ、おかまいなく。あ、でも俺、裸足で」 「いいよ」 ようやく脱げたサンダルを揃えてから、歩き始めた神崎さんの背中を追う。 床に敷き詰められた薄いグレーの絨毯が、足の裏を心地よく包んだ。 「すごく広いし、綺麗ですね」 神崎さんは視線だけで振り返り、興味なさげにただ「そうか?」と呟く。 この広い玄関も、そこから続く幅のある長い廊下も、マンションの外見からすれば予想したとおりだ。 白ばかりの空間は明るいけれど、壁のそれより少しだけ濃い絨毯の色が引き締めていているのか、膨張感は感じない。 でも、なんだかとても殺風景だ。 生活を感じさせるものが何もない。 玄関には、いつもスーツに合わせている革靴と、今日履いていたサンダルの2足しか置いていなかった。 傘がなければ、傘立てもない。 まるで、入居前のモデルルームの下見に来たみたいだ。 壁に有名な絵画が掲げてあったり、著名な家元の生け花が飾ってあったりするのかも、なんて思い描いていたけれど、コンビニのカルボナーラを日常的に食べているんだから、生活スタイルは意外と庶民的なのかもしれない。 なんとなくホッとしながら神崎さんの一歩後ろをついていく。 扉を左右にふたつずつ通りすぎると、正面の開けっぱなしだった扉をくぐった。 すると突然、視界がひらけた。 目に飛び込んできた景色に思わず息を呑む。 ーーう、わ。 そこには、オレンジ色の空が広がっていた。

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