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1-3:午後5時のアバンチュール (9)
そこから見える空は、まるで水彩画のようだった。
少しずつ沈み始めた太陽の周りに、さまざまな色が集まっている。
薄紫。
ピンク。
濃い朱色。
白。
水色。
ところどころで色が混ざり合い、名前のない新しい色を作り出していた。
ーーこんな綺麗な空、初めて見た。
何かに導かれるように、一歩、また一歩と窓に近付いた。
見下ろすと周りの建物はすべて下にあり、今、俺の視界を遮るものは何もない。
雲をすり抜けたオレンジ色が差し込んで、淡いグラデーションになって俺の足元を照らしている。
とてもーー
「綺麗だろ」
受け継ぐように言葉が紡がれ振り返ると、神崎さんが水色のタオルを差し出していた。
何かに操られるように受け取ると、自分も同じタオルで首を拭いながら、神崎さんは表情を和らげた。
「だいぶ日が短くなったな」
「そう、ですね」
「明日も晴れそうだ」
「えっ?」
「夕焼けが綺麗に見えた次の日は晴れ、って言うだろ?」
神崎さんは楽しそうに言ってから、俺の隣に立った。
肩が触れそうなほど距離が近付いて、心臓が大きな鼓動を打つ。
ごまかすようにタオルで額を拭い、ほんの少しだけ下にある神崎さんの横顔を盗み見た。
淡いオレンジ色に包まれながら、神崎さんは愛おしそうに外を見つめている。
「西向きなんだ、この部屋」
「南向き、じゃなくてですか?」
「うん。昼間は仕事でほとんど家にいないだろ。どうせならリアルタイムで見られるその瞬間に一番綺麗な景色が見たかったんだ。だから西向きの部屋にした」
穏やかに紡がれる言葉が、寄せる波のようにゆっくりと俺の耳をかすめていく。
「真夏はリビング全体が橙色に染まる日もある。美しさの中にも一日の仕事を終えて沈んでいく太陽の儚さを感じて、たまらない気持ちになるんだよ」
神崎さんは慈しむように言ったあと、眉を下げた。
「ただ唯一の難点は、とにかく夏が暑いんだ」
エアコン入れていいか、と神崎さんは律儀に聞いてくれたけれど、俺は答えられなかった。
心が、震えていた。
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