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1-3:午後5時のアバンチュール (14)
……近い。
どうしよう、神崎さんが近い!
俺も神崎さんも背が高い。
神崎さんは線が細いけど、俺はどちらかというとガタイもそこそこいい方だから、三人がけのソファに隣り合って座ったら、もうみっちりだ。
だから……肩が。
肩が当たりそう……!
神崎さんは、沸騰したてのお湯で淹れられもくもくと湯気を漂わせるコーヒーの表面にふぅふぅと何度か息を吹きかけた後、ひと口飲んだ。
あち、と顔をしかめてから、二度目はゆっくり長めに啜る。
カップを持つ手が震えないよう全神経を集中させながら、俺もそれに倣った。
熱い空気と一緒に口に入ってきたコーヒーがちょうど俺の好きな甘さで思わず、美味しい、と零すと、神崎さんが目尻を下げた。
「よく覚えてたな」
「えっ?」
「あのコンビニ、昼休みすごく混むだろ。俺のこと、よく分かったなと思って」
「それは……だって、神崎さん目立ちますから」
「俺が?なんで?」
「長身でイケメンな上にあのネオ株で若いのに課長って呼ばれてるからすごいエリートだー、ってバイトの女の子たちが毎回大騒ぎしてます」
「……ふぅん?」
神崎さんは純粋な驚きを隠さないまま、鼻から息を吐いた。
昔、宮下さんが何かの流れで「真のイケメンとは、自分がイケメンであることに気づいていないものなのだ」なんて力説していたことがあったけれど、それは本当なのかもしれない。
「で?」
「えっ?」
「佐藤くんはなんで俺のこと覚えててくれたの?男なのに」
神崎さんが、どこかからかうような視線を俺に送ってくる。
ええい、高鳴る心臓なんてもうこの際デフォルトとして無視だ。
男なのになんで俺が覚えてるかって?
それは神崎さんがかっこいいからで……あれ、でも。
そもそも最初のきっかけは、いったい何だったっけ。
俺がコンビニ店員として初めて神崎さんに会った日……ああ、思い出した。
「……嬉しかったんです」
「嬉しい?」
「もう四年くらい前の話ですけど、バイト一日目でモタモタしてた時に、ほかの人たちは舌打ちしたり小銭を投げ捨てるように置いていったりする中で、神崎さんだけは俺の遅いレジ対応でも何も言わずに待っててくれて、しかも最後に『ありがとう』って笑顔で言ってくれて、すごく嬉し、かった」
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