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1-3:午後5時のアバンチュール (15)

そうだ。 初めてあの『戦場』に駆り出されて、にっちもさっちも行かなくて、やっぱり俺には向いていない仕事なのかも、なんて自信を無くしかけていた時、この人が現れた。 そして、俺は神崎さんに囚われた。 あの淡い笑顔に持っていかれたんだ。 心ごと、全部。 「……それだけ?」 「え?あ、はい。それだけです、けど」 「……ふぅん」 不満そうに鼻から息を吐いて、神崎さんはもう一度コーヒーを啜った。 そしてカップをテーブルに置いて、代わりに隣にあったリモコンを手にとりテレビの電源を入れる。 控えめな音が流れ始めると、神崎さんはポスンとソファの背に上半身を預けた。 デフォルト以上に心臓の鼓動が大きくなる。 だ、だから、肩が。 肩がちょっと当たって……ん? んん? ひとり焦る俺の隣でテレビを見る神崎さんの顔が、おかしい。 いや、いつも通りかっこいいのだけれど、なぜだか口がへの字に曲がっている。 ああ、これは前にも見た何か気に入らないことがあった時の神崎さんの表情かおだ……って。 え、なんで怒ってるんだ? いったい今の話の何が神崎さんの気に障ったんだ!? こっそり横顔を盗み見ると、なんだか眉間もへの字に曲がって……はいないけど、うっすらと皺が寄っている。 だ、だからなんで!? もしかして、四年前のことをずっと引きずってる痛いやつだと思われた? 家に招き入れて後悔してる? 心の中で早く帰ってほしいとか思ってる!? 「……あ」 しばらくチャンネルを変え続けていた神崎さんが、ふとその手を止めた。 テレビの中では、見覚えのある女性キャスターが満面の笑みを浮かべて何かを食べている。 どうやら秋の新作アイスを特集しているようだ。 ……ん? んん? アイス? あっ、アイス! 「神崎さん!」 「んっ?」 「一ヶ月くらい前、アイスのどか食いしましたよね?」 「……え」 「でかいカップのバニラアイス食べてたじゃないですか。スプーンに盛りまくって、イートインで!」 「なっ……」 「それまで仕事バリバリできてみんなに人気の『神崎課長』って感じだったのにそんな一面もあるんだって思ったら、なんかすっごく嬉しくなって。それから俺、どうしても神崎さんのことが気になって……神崎さん?」

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