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1-3:午後5時のアバンチュール (16)
そうなんです、だから四年前の一瞬の出会いを『運命』だとか思ってあなたを見つめ続けてきたとか、そういう痛い感じじゃないんです!
そもそも気になってることを自覚したのは最近なんです!
だから怒らないで!
そんな勢いのまま身を乗り出した俺を避けるように、神崎さんはこれでもかと上半身を仰け反らせた。
への字に曲がったままの唇が小刻みに震えている。
顔は真っ赤に染まり、もう爆発寸前という感じだ。
俺を睨んでくるふたつの瞳が、微かに潤んでいる。
しまった。
これはもしかなくても……完全に怒らせてしまった!
「あ、あのっ」
「なんで見てるんだ」
「へ……?」
「あんな格好悪い場面、なんで見てるんだよ」
「え、あ、ご、ごめんなさい……?」
地を這うような声で言われたと思ったら、神崎さんは両手で顔を覆ってしまった。
長い指の隙間から見えるほおが、まるでいちごのように赤い。
それに……まただ。
口がへの字に曲がってる。
でも、怒ってるようには見えない。
ふてくされてる?
それも違うと思う。
じゃあこれは一体、なんだろう。
……いや、まさか。
ほんとに?
俺は、手の中で空になっていたコーヒーカップをテーブルの上に置いた。
「神崎さん、もしかして照れて……」
「ない!」
ひとことだけ言い残して、神崎さんはまた顔を隠した。
顔を覆う両手の中で、くそ、とかいろいろ呟いている。
そして大きな深呼吸が何度か聞こえたと思ったら、すぐに静かになった。
テレビから聞こえる音だけが、俺と神崎さんの間をすり抜けていった。
心臓の鼓動は、落ち着いていた。
ただ、心の奥の方でなにかが激しく燃え上がるのを感じる。
こっちを向いてほしい。
その赤い顔を俺に見せてほしい。
俺だけに見せてほしい。
独り占めしたい。
ーー触れたい。
「神崎さん」
俺は、神崎さんの長い指にそっと自分の手を合わせた。
一瞬身体を強張らせてから、神崎さんが両手の封印を解いていく。
そして露になる神崎さんの唇に、俺はーー
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