36 / 492
1-3:午後5時のアバンチュール (17)
神崎さん、まつ毛長いなあ。
それに、瞳の色がすごく綺麗だ。
鼻筋も通ってるし、肌もつやつやしてる。
……あれ、なんでだろう。
ものすごく大きな目で俺を見ている。
それになんだか唇があったかーー
「うわぁっ!」
俺はありったけの脚力を使って後ずさった。
ザザザザッと乱雑な音が耳障りに響いて、擦れたお尻がほんのり熱くなる。
そうしてソファの端っこまで一気に距離を取った俺を、神崎さんは呆然と見ていた。
「なっ、ななななな、なに、何!?」
「……それ、俺の台詞」
「ご、ごご、ごごごごごごめんなさい!つい……!」
「つい?」
「えっ、あ、いや、そうじゃなくてっ、そのっ……」
神崎さんの眉間に深い皺が生まれたのが分かって口ごもってしまう。
そりゃそうだ。
いきなり唇を奪っておいて、その理由が『つい』だなんて失礼にもほどがある。
ああ、もう。
何をやってるんだ、俺は……!
思わずがっくりとうな垂れると、すぐ近くから短いため息が聞こえた。
「佐藤くんさ」
「……はい」
「今のが俺のファーストキスだったらどうするんだよ」
「えっ」
勢いよく顔を上げると、神崎さんが膝に頬杖をついて心底呆れたという顔で俺を見ていた。
「えっ、えぇっ!?」
「違うけどな」
「なっ……」
「この歳でファーストキスだったらやばいだろ」
「そ、う、ですけど……」
ーーファーストキスだったら良かったのに。
なんて思ってしまう自分に恥ずかしくなって、また視線を自分の膝に落とす。
すると、上から気遣うような声音で神崎さんの声が降ってきた。
「まさか佐藤くんは今のが……?」
「ち、違います!」
「……ふぅん」
しまった、必要以上に大きな声を出してしまった。
神崎さんは俺を一瞥した後、交わっていた視線を外して顔を背けた。
さっき重ねたばかりの唇が、への字に曲がっている。
……ああ。
今度こそ、本当に怒らせてしまった。
当たり前だ。
俺が神崎さんの立場だったとしても怒ると思う。
一発でも二発でもぶん殴られないだけ、神崎さんは優しいのかもしれない。
本当に、俺はどうしてしまったんだんだろう。
手を掴んで引き止めたり。
頭を撫でようとしたり。
挙げ句の果てに、キスーーなんて。
ともだちにシェアしよう!