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1-3:午後5時のアバンチュール (18)

神崎さんの唇は、ほんのり温かかった。 それに柔らかかった。 指でそっと自分の唇をなぞってみる。 触れていたのはほんの一瞬だったのに、淡い熱はしっかり残っていた。 「……で?」 気が付くと、神崎さんがじっと俺を見据えていた。 もう口はへの字に曲がっていない。 「なんで俺にキスしたの」 「そ、れは……」 それは、神崎さんがあまりにかわいかったから。 神崎さんを独り占めしたいと思ったから。 神崎さんに触れたいと思ったから。 俺は、神崎さんがーー ごくりと喉が鳴った。 たった二文字なのにその感情を言葉にすることができない。 今ならまだ誤魔化せる。 あのキスはただの間の悪い冗談だったと頭を下げれば、きっと許してもらえる。 そうすれば、来週またコンビニで視線を交わしてくれるだろう。 でももし、今この思いを告げてしまったら、神崎さんはきっとあのコンビニに二度と来なくなる。 俺の世界と神崎さんの世界を結ぶ橋が一瞬で消え去ってしまう。 ……言えない。 もう二度と会えなくなると分かっていてそんなことーー 「ひぇっ……?」 突然、隣で神崎さんがすくっと立ち上がった。 「か、神崎さん……?」 「トイレ行ってくる」 「あ、はい。いってらっしゃい……」 ってなにを呑気に見送ってるんだ! 神崎さんは玄関に続く扉をくぐり、あっという間に姿を消してしまった。 やっぱり、怒ってる。 もしかしてトイレで、どうやって俺を消そうか考えているのかもしれない。 あの詰まりを直すキュッポンってやつを武器にして突進してこられたらどうしよう。 いや、戻ってくる途中でキッチンからナイフをとって先端をこっち向けて笑顔でじりじり迫ってくるかもしれない。 だってそっちの方が断然効率がーーって、落ち着け! いくら神崎さんがあのキスに怒ったからって、まさかそれだけで俺を亡き者にしようなんて考えるはずがない。 ……本当に、とんでもないことをしてしまった。 数分前の自分をぶん殴りたい。 あのカフェで諦めたはずだったのに。 これは運命なんかじゃないって理解してはずだったのに。 相手は男で、イケメンで、仕事もできる高嶺の花。 だから今日こうして神崎さんの記憶の一部になれただけで満足だと思ってたのに。 それでも、止められなかった。 ああ、だめだ。 もうこの気持ちからは逃れられない。 俺は神崎さんがーー好きだ。

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