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1-3:午後5時のアバンチュール (19)

ふいに絨毯が擦れる音が聞こえて、神崎さんの気配が近づいてくる。 神崎さんは左手を首に当ててゆっくり回しながらリビングに入ってきた。 その長い影を、視線で追う。 神崎さんの背は、いつもまっすぐに伸びている。 かっこいい。 どうしたら、その視線の先に立つことができるだろうか。 どうしたら、もう一度あの夕焼けを一緒に見ることができるだろうか。 どうしたらーー 「……神崎さん」 「ん?」 「好きです」 「……は?」 「俺、神崎さんが好きです」 深い沈黙が降りた。 テレビから流れてくる誰かの声が、意味をなさないただの音の塊になって通り抜けて行く。 神崎さんは目を丸くして、ただその場に佇んでいた。 そして俺は、そんな神崎さんをただ見つめていた。 ありったけの勇気を使って口に出したはずのその二文字は、いとも簡単に空気に溶けていった。 重い言葉だと思っていた。 それでも声に出してしまった今、俺の心は軽かった。 ……そうか。 きっと、本当はずっと前から気付いていたんだ。 四年前のあの日から、俺はもうずっと神崎さんが好きだった。 「……何があった」 ふいに沈黙が破られる。 神崎さんの震える唇が、小さく動いた。 「俺が用を足してたあの一瞬に、いったい何があった」 「強いて言うなら……自覚?」 「なんだ、それ」 神崎さんが、口をへの字に曲げた。 顔を真っ赤に染めて、潤んだ瞳を細めて俺を見る。 また、怒らせてしまっただろうか。

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