39 / 492

1-3:午後5時のアバンチュール (20)

いや、違う。 今度は確信を持って言える。 この人は、怒ってるんじゃない。 左手で口元を撫でたり覆ったりしながら、え、とか、なんで、とか呟いている姿を見ていたら、ますます愛おしさが募った。 「神崎さん」 「え、あ、えっ?」 「好きです」 「や、やめろ」 「神崎さんが好きです」 「だからやめろって!」 神崎さんが、左腕を伸ばして俺を制する。 再び落ちる沈黙の中で、神崎さんの息遣いが大きく響く。 神崎さんは左手でもう一度顔を覆ったあと、乱暴に自分の頭をかきむしった。 「ああくそっ」 「神崎さん……?」 神崎さんが俺を睨んだ。 相変わらず瞳は潤んでいたけれど、俺の腰を引かせるくらいには眼光が鋭い。 そして、口をへの字に曲げたまま、ドシドシ絨毯を踏みしめてこっちに向かってきた。 あ、あれ? お、おかしいな。 この行動は、もしかしなくても怒ってーー 「……佐藤くん」 「ひぇっ」 あっという間にソファに近付くと、神崎さんは顎を上げて俺を見下ろした。 ど、どうしよう。 目がすわっている。 怖い。 もともと顔が整っているだけに、怒った顔がものすごく怖い! 視界の中で、神崎さんの左手がゆっくりと持ち上がる。 恐怖のあまりスローモーションにさえ見えてくる。 ど、どうしよう。 殴られる! 「か、神崎さっ……!」 でも、神崎さんの左手が俺のほおに届くことはなく。 「えっ、あ、うわっ!?」 咄嗟に目を閉じていた俺は、ドン、と肩を押され、なす術なくただ重力に身をまかせるしかなかった。

ともだちにシェアしよう!