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1-3:午後5時のアバンチュール (27)
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
肩で息をする俺に跨ったまま、神崎さんが唇をすぼめて俺を見下した。
そして、少し逡巡した後、ごくり、と喉を鳴らす。
瞬時に何を飲み込んだのか理解してしまった俺は、思わず呼吸を止めた。
だって、そんなもん飲むか、ふつう!?
「大丈夫?」
神崎さんが、まるで何事もなかったかのようにしれっと言った。
大丈夫じゃない。
大丈夫だけど。
いや、全然大丈夫なんかじゃない!
「な、ななななんで、こ、こここんな!?」
「嫌だった?気持ち良さそうだったけど」
「そっ、そういうことを言ってるんじゃなーー」
うわ、見てしまった。
神崎さんが、舌で自分の唇を舐めている。
何を舐め取っているのかなんて明らかだ。
生々しすぎる……!
そのいやらしい舌の動きを目で追っていたら、ついさっきまでしていた、いや、されていた行為がフラッシュバックする。
解放したはずの熱がまた蘇ってきて、下半身が疼いた。
その熱が形になる前に、うっかり全開のまま放置していたズボンを直す。
神崎さんがやっと俺の上から降りた。
そして、左手を差し出してくる。
でも俺がその手を取る前に手首を掴まれて、すごい勢いで引っ張られた。
「うわっ、ちょっ……」
「俺のアイスタイムを見てた佐藤くんが悪い」
「……は?」
「口止め料」
「は!?」
「ごちそうさま」
「はぁっ!?……うむぅっ」
ごちそうさまって言ったくせになんでまた……って、そうじゃない!
「キ、キスでごまかそうとしないでください!」
舌が入って来る前に、神崎さんの胸板を押し戻す。
「そ、そもそも!口止め料って言うなら神崎さんが俺に払うべきものじゃないですか!」
「……それも佐藤くんが悪い」
「はい!?」
「夕焼けのひとつやふたつで涙ぐんでるところ見せられた上に、よく分からないキスまでされて、あげくに俺の勤め先と名字しか知らないくせにあっさり好きだなんて言いやがって。そんなの、かわいくてたまらなくなるだろ」
「へ……?」
言葉の意味が分からず瞬くと、神崎さんはそっぽを向いた。
この人、今なんて言ったんだ?
俺がかわいい?
生まれてこの方一度も……いや、そりゃこの世に生を受けてから最初の数年間はかわいいとちやほやされてた時代もあったと思う。
でも今の俺が?
俺がかわいい!?
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