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閑話:午後7時のランデブー (2)
佐藤くんとは初対面じゃないから気にならなかったと言ってしまえばそれまでだけど、なんかこう、たぶん、ほだされてしまっている……気がしないでもない。
俺の一挙一動にいちいち大げさに反応するし、夕焼け見たくらいで涙まで浮かべて感動するし、愛されて育ってきた箱入り息子なんだろうなと感心してたら、急に自分からキスしてくるし。
なんか、想定外というか、無邪気というか、かわいいというか……まずい。
また変な気分になってきた。
「佐藤くん、なにか食べに出よう」
「え?あ、はい」
慌てて俺のうしろをついてくる佐藤くんの足音に、ふと懐かしさを感じる。
小さい頃近所の老夫婦に飼われていて、みんなに可愛がられてたラブラドールレトリーバーのマッキーを思い出した。
たくさんいた子供たちの中でも何故か俺に懐いてくれていて、公園で遭遇するといつも俺のあとをついてきていた。
足を止めて振り返ると、そこには目をきらきら輝かせた佐藤くんがいた。
耳と尻尾が見えるのは俺の気のせいじゃないと思う。
しかも、その尻尾はブンブン回っている……に違いない。
そうか。
俺はまた大型犬に懐かれたのか。
なんか急に合点がいった。
思わず小さく笑いを漏らすと、佐藤くんが不思議そうに俺を見つめる。
「神崎さん?」
「なんでもない。佐藤くんは何食べたい?」
サンダルに足を滑り込ませながら、佐藤くんが斜め上を見ながら考えるそぶりを見せる。
何も思いつかなかったのか、その視線はすぐに俺に舞い戻ってきた。
「神崎さんは好き嫌いないんですか?」
「うーん、嫌いというわけじゃないけど、あえて自分から選んで食べないものはあるな。例えば……」
「例えば?」
「……椎茸」
「プッ」
その瞬間ふわりと広がった笑顔から、俺は目が離せなかった。
「どうしたんですか?」
「……佐藤くんって」
「はい?」
ーー向日葵みたいに笑うよな。
「……なんでもない。行こう」
「あ、はい」
玄関の扉を押し開けながら、急に速くなった鼓動を治めたくて深く呼吸する。
……危なかった。
とてつもなく恥ずかしいセリフを言ってしまうとこだった。
本当に、ほだされるにもほどがある。
勘弁してくれ、と誰とも分からない相手に心の中で懇願しながら廊下に出た。
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