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閑話:午後7時のランデブー (6)

極度の空腹といたたまれなさが混じり合ってなんとなく前屈みでエレベーターから降りると、フロントの田崎さんと目が合った。 いつにも増して笑顔が眩しい……気がする。 「お出かけですか?」 「ちょっとご飯食べに行ってきます」 「行ってらっしゃいませ」 「……ありがとう」 いろんな意味を込めて頭を下げると、田崎さんはただ笑みを深めた。 コンシェルジュの業務契約書にはきっと『住人の私生活に係る守秘義務について』みたいな項目があるんだろう。 今日ほどその守秘義務に感謝した日はない。 「ああ、恥ずかしかった……!」 俺に続いて田崎さんと会釈を交わした佐藤くんが、顔をほんのり赤く染める。 「誰のせいだよ」 「ごめんなさい、なんか……つい」 だからそれだよ。 その『つい』が危なすぎるんだ! 「どっちですか?お寿司屋さん」 俺の心の叫びも知らず、佐藤くんが笑顔をめいっぱい花開かせる。 どうやら元の懐っこい大型犬に戻ってくれたらしい。 「……こっち。3ブロックくらいだからすぐ着く」 なんとなくホッとしつつ一歩先に踏み出すと、佐藤くんが小走りでついてきた。 すぐに隣に柔らかい気配を感じて、尖っていた感情があっという間に角を失っていく。 なんか……落ち着くな、この感じ。 「お腹空きましたね」 「うん」 「さすがに夜はもう涼しいですね」 「そうだな」 「あの、神崎さんってお仕事の定時何時なんですか?」 「6時。なんで?」 「あ、えっと、俺もよっぽどのことがない限り6時までなんです、コンビニの仕事」 「ふぅん?」 「だからその、今度、野菜と肉……か魚……と調味料持ってご飯作りに来ようかな、って」 「……」 「な、何ですか?」 「うん。ほんとにまた来てくれるんだな、と思って」 「ダメ……ですか?」 「まさか。実はどう切り出そうか迷ってた」 「えっ」 「えっ?」 「……」 「……」 「あ、ちょ、神崎さん!?」 佐藤くんの慌てっぷりもとりあえず放っておいて、できる限りの早足で歩く。 自分の口から出た言葉が信じられなかった。 どうしてしまったんだ。 おかしいだろ。 こんなにも、ほだされてしまってるなんて。

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